aumo_admin 2022年12月29日 41件のコメント 緊急性のない状況で、片親への許可なく無断で子供を連れ去る「実子誘拐」の被害に遭われた被害者の個々の事例が、この状況を変えるために必要です。 コメント欄にご記入をお願いいたします。 ← 事件の概要(近親者用) 最高検察庁検事総長へ請願書提出しました。 → 「事件の概要(本人用)」に41件のフィードバックがあります 小学校に上がる前にいきなり連れ去られました。 最初数カ月会えず、家裁での審判に影響すると判断した相手方が月1回、1時間の面会をスタート。 連れ去りの違法性は家裁では一切見ず、私も監護者として適切とされながらも相手方を監護者として結審。 理由は、現在の環境になれているからという有様。別居の理由は、教育方針の違いと書かれており到底納得できる内容ではありませんでした。 居住地も秘匿され、徐々に連絡も付かなくなり断絶状態になりました。 司法的手続きを踏まない身勝手な行動が認められ、連れ去られて司法的手続きを踏んだこちらはこの国のいい加減さ、理不尽さを痛感するだけでした。 この国で親権がなにを意味するのかわかりません。 返信 2021年11月末に妻と2人で何年かぶりに食事に行くことになり、娘(当時3歳)を妻側実家に預けました。 「夜には娘を迎えに行くのでその間よろしくお願いいたします」と義理父に駅の改札前で預けたまま娘は帰ってきません。 妻側一家で計画的犯行で、私を外に連れ出している間に家に侵入し、家財、金品などを持ち出しており、家に帰ったらものけのからでした。 娘を迎えにいこうと妻側実家に行くと、義理父から「君はストーカー、警察呼ぶぞ!君はもう父親ではない」など非情な言葉を言われました。 その後、妻側弁護人から受任通知がきて、私も当時優秀な弁護人をつければ裁判で勝てると思い弁護人をつけましたが、裁判所の闇にはまり連れ去り側の擁護しかせず、1年以上が経過しました。 私に有責事由はなく、虚偽DV、性格の不一致、離婚したいからなど一方的に妻側の主張です。 連れ去れば裁判で勝てるという幇助をしている弁護人、連れ去りに関わった妻側親族は絶対に許せません。 連れ去り行為は共同親権以前の問題です。連れ去りを問題視して処罰しない限り共同親権が成り立つとは思えません。 返信 nama 妻42 自分45 婚姻期間1年未満 子供0歳児 2022年11月3日に妻が実家に帰っている 時にLINEで、別居通告 2022年11月6日離婚届けを一週間以内によ要求 2022年11月9日住民票移動 2022年11月21日児童手当変更通知 2022年11月25日妻側弁護士受任通知 その間離婚理由、面会交流を要求 調停で話したいと回答 2022年12月27日、離婚調停 離婚理由は性格の不一致 子供に会わせたく無い理由は 自分に会いたく無いとの事 今後の流れで、刑事告訴を検討。 妻の行動に責任を。 宜しくお願いします。 返信 2019、6月、仕事から戻るともぬけの殻状態、家族資金、子供の預貯金すべてのお金2000万以上とブランド鞄や時計等の金品を盗まれました。当時の子供の年齢は6.4.2歳の未成年3人です。 幼稚園や役所に確認後、相手側実家に迎えにいくと10数名以上の警察官に囲まれて任意連行されたが、虚偽DV.被害届や相談無し、シェルター逃げ無し。その時に初めて相手側弁護士がいる事を知る。元々、ネグレクトや育児放棄等、散財するダメ専業主婦でした。 そこから証拠集めし、 調停→審判→訴訟中。 相手側弁護士は金の事のみ 婚姻費用は決定したが、盗まれた金額が大きいので支払えない。 思考的面会で連れ去り10ケ月ぶりに1時間のみ。面会決定したが全く応じない姿勢で、すでに3年経過している。強制執行も決定したが金額が少なく意味ない状況。婚姻費用を支払っていない事が優先されて、盗まれた事は裁判所も認めない。訴訟中に身内3人亡くなったが、 全てにおいて無視されている。 子供を韓国に逃すと揶揄された事で精神的苦痛を受け通院中。 トータル4年目年明けに家庭裁判所にて判決予定。 高裁に行く覚悟ですが、裁判所、法、警察には期待していない。 当方弁護士は親身になってくれているが、本件以外には興味はない現状。 相手側は盗んだ金以外は普通の家柄なので金に余裕がありません。相手側が金が尽きるまで争うつもりです。元々、私の家族の金目当てだった結婚詐欺にあった感じです。 返信 令和4年10月1日。 仕事から帰宅すると妻と子供の姿はなく、一部家財道具も無くなっていた。 連絡は取れたが「離婚したい。弁護士から連絡します。」との事。 その後の調べで事前に住民票を移し、保育園も退園していた。 10月5日、子供の2歳の誕生日。 プレゼントも用意していたし、お祝いをしてあげたい、会わせて欲しいと伝えるも無視。 保育園も誕生日会の準備をしてくれていた。 後日保育園に一人で謝罪しに行った。 妻にその旨を伝えるも「保育園側からしたらもう退園していて関係ないのにそんな事で時間を割いて迷惑でしかない。あなたの自己満足だ。」と心無い事を言われた。 私は当時、離婚も突然の事で嫌だったがそれ以上にあまりにも一方的に子供を連れ去り、話し合いにも応じないので子供を戻せ、会わせろと主張。 子供はせっかく友達ができ、先生達からも愛されて大好きな保育園を退園した事、子供から父親を奪う事は許されることでは無い。 子供の事を一番に考えて欲しい。と伝えるも「子供の事を一番に考えての行動だ。」と根拠のない主張をされる。 すぐに「子の引き渡し」「監護者指定」「保全申立」の3点セットを裁判所に申し立てた。 更には「面会交流調停」も申し立てた。 子供に会いたい旨を相手弁護士に毎日のように電話やメールで伝えた。 12月16日。 1時間だけ相手弁護士事務所にて会う事ができた。 お互いに抱きつき、我が子の温もりと柔らかさを感じた。 時間になり、帰る準備片付けを始めると2歳ながらに雰囲気を察し、袖をぎゅっと掴んで「ぱぱ…」と言う息子。 涙が止まらず最後にもう一度しっかりと抱きしめ、「すぐに会えるようにパパ頑張るから少しだけ我慢しててね。ごめんね。すぐにまた会えるよ。」と伝えた。 なかなか離れようとしない子供。 これは精神的DVであり、児童虐待だと相手弁護士に主張して帰ってきた。 現在調停中であるが2ヶ月に一度のペースなので話がなかなか進まない。 緊急性がある訳でもなく、正当な理由のない子供の連れ去り。 実際誘拐、親子断絶は非人道的行為であり決して許される事ではない。 夫婦間の事が上手くいかなくなり離婚するのは仕方ないが、まともな親であれば子供の事をちゃんと話し合い、子供の事を一番に考えてお互いが納得する結論を出さなくてはいけない。 私は突然子供を一方的に連れ去られ生きがいを失った。 また連れ去りは容認され、連れ戻すのは逮捕されると言う日本の理不尽な法律の運用方法に強く疑問を感じる。 日本の法律では現行で未成年略取誘拐罪があるが、現行では連れ戻しにのみ適用されている。 そもそも最初の連れ去りにこそ適用されるべきである。 返信 実子誘拐は、片親疎外や子供への精神的虐待、その子供の片親へのDV、経済悪化、子供の人権侵害など様々な問題を引き起こす重大な犯罪です。 よく「誘拐には当たらない」など言って警察が「民事不介入」など言い、刑法224条の未成年者略取誘拐などで受理しなかったり、検事が起訴しないことも非常に多いと聞きますが、そのような対応では絶対にダメです。 そもそも親告罪で監護権を無理やり奪われているような状態で被害が甚大にも関わらず警察が動かないことは、決してあってはいけないと思います。 返信 2022年9月より離婚の方向で話をしていました。相手方の行動が離婚への引き金となり話をしていましたが、9月末、留守の間に子供を連れ去り、LINEにて後は下記の弁護士までと。LINEがありました。その日に住民票を移し実家にいったようです。 申立がないようならこちらから申立しますとありましたので、こちらから離婚調停と面会交流調停を申立ました。 子供達は友達や先生とも会えず、楽しみにしていた運動会の参加もできませんでした。また誕生日会をやる予定(日付は相手方指定)でしたが祖父母がプレゼント、ケーキを用意しているのを知っていながらその日を指定してきました。しかし指定した二日前に連れ去りをしました。 なんの前触れもなく連れ去られ急な環境の変化を子供に強いるのは虐待です。 現在月に1回2時間ほど子供とは会えていますが、子供はお家(元いた家)に帰りたい。本物のジジとババに会いたいと言っています。大好きな祖父母にも会えない。自分の家に泊まる、行くことすら子供の希望は叶わないのが現実です。 連れ去り、実子誘拐は家族ぐるみの犯罪です。子供がどれだけ傷ついているのか。子供よりも自分が大事であるからこその行動だと私は考えます。 しかし調停では連れ去りについての話は何1つでず、お金の話だけでした。 離婚事案では子供の福祉を頂点に置いているのが家裁ではないのでしょうか。子供の福祉なんてものは一切なく、連れ去った親と弁護士の意見だけがまかり通っています。 緊急性のない最初の連れ去りは親子関係を断絶させる行為です。未成年略取誘拐が適用されるべきと考えます。 連れ去りによる辛い思いをする子供がいなくなりますように。 返信 自分…45歳 妻…42歳 長男…小5 長女…小3 ※令和4年12月31日現在 1,事件の経緯 令和3年 11月 妻がとあるミセスコンテストの全国大会(東京)に出場。その後12月中旬から年末にかけて、異業種交流会、忘年会等の理由でほぼ毎日夜間に外出、深夜2〜4時頃の帰宅、明朝の帰宅、子供も一緒に連れていき深夜12時過ぎに帰宅等。 令和3年12月 連日の忘年会とやらの初日の帰宅時、ふさぎ込んだような状態でおかしな様子が伺えた。 25日のクリスマスの日は自宅にいたが特に子供とパーティ等をするでもなく、早々と寝床に就いていた。結婚記念日でもあったが、その旨を告げても「ああ、そうだったね」と素っ気ない返事。 31日、すでに自宅に居る際は自室にこもっていることが多くなり、子供と同じ空間に居てもスマホをいじっている状態が多くなっていた。 食事の準備もあまりしなくなっていたこともあり、私が昼食を作っていた際、唐突に「結婚してから今まであなた(私)に愛情がなかった」という趣旨のことを告げられる。(ショックで寝込んで年越し) 妻は年越しカウントダウンイベントに出かける。子供達は妻の実家へ。 令和4年1月 元旦。朝帰りの妻と自宅にて話す。家庭のことや子供たちのことをおざなりにしながらの妻の行動に若干の疑問を感じながらも、愛する妻のやりたいことと思い、妻の家事育児をサポートしながら妻の行動を全て容認していたものの「愛のない人のサポートはできないので、そういうことであれば出ていってほしい」と告げる。割とすんなりと了解を得て、離婚協議が成立。 協議内容として、妻が自宅から引っ越して出て行き親権者は私と定めて父子家庭となる・妻は自宅の合鍵を持ち続けて出入りや宿泊の制限等は設けずに今まで通り子供達といつでも接することができる・養育費や慰謝料等、金銭の請求は一切しないが万が一生活が困窮するようなことがあれば相談させていただく等をお互いに確認、同意した。 妻はすぐに離婚届を提出しようと発言したが、書面に残しておいた方が良いと思い博多駅前行政書士総合法務事務所に離婚協議書の作成を依頼。 令和4年1月4日頃 協議成立後から妻が精神的に不安定になり始める。家事育児を放置気味になり、自室にこもっている時間が多くなる。私の通帳も全て預けて家計の管理を任せていたこともあり、公共料金の支払い等の引き継ぎの話等を進めていきたかったが、子供の目もあることも重なり、話ができない日が続いた。 令和4年1月6日 仕事から帰ると小学2年の娘が泣きながら冬休みの宿題をしていた。小学5年の息子と妻は風呂に入っていた。どうしたのか娘にたずねると「ママに一人で宿題やらなきゃ親権を取ってやらんと言われた」と発言。 令和4年1月12日頃 子供の夕食がインスタントラーメンや冷凍食品、ファーストフードといった状態が1週間ほど続く。 学校のことにも無関心で放置。体操服や上履き、給食用のお箸、学校からのお便り、宿題、明日の準備等、声掛けもしないので、全てを私が行うようになる。二学期の通知表の確認もせず、確認の印鑑は私が押印。 ある日、仕事を終えて20時頃帰宅した際、子供達だけを残して妻は外出していた。家を出ることが決まってから、いわゆる『夜のお仕事』水商売を始めたためである。 食事の用意もしていないまま外出していて、お腹が減っていた娘は給食のパンについている小袋のジャムをチューチュー吸っていた。急いで食事を準備し、それ以降、仕事を定時で切り上げさせていただき毎日食事の準備をする。 令和4年1月16日 10時から仕事に出かけた妻。帰宅は「19時30分から20時ぐらい」と言っていたが、私と子供達が就寝後の23時30分頃に帰宅。以前から時間にルーズで予告していた帰宅時間より大体2時間後に帰ってくる。 令和4年1月19日 仕事中に不動産会社から電話があった。妻が私を保証人にしてアパートを借りようとしていた。電話があることを聞いていなかった私は、突然の電話内容にいささか困惑し、不審そうになっていた電話相手方に「離婚協議中であまり会話をしていなかったので知りませんでした。でもアパートを借りることは知っているので保証人はOKですよ」と答える。結果、アパートは借りれなくなったが、一人で転居先を探していたことは事実である。 令和4年1月21日 妻に預けていた私の通帳(家計)。一人で出ていくのに必要な分だけ引き落として返してくれと伝えていたところ1月上旬に渋りながらも返してもらう。1月6日に50万円、1月7日に50万円引き出していた。少し多いけど、一人暮らしを始めるならそんなものかと思っていたら、1月15日頃に「私(妻)が出ていった後のこの家の家計を再計算したいからもう一度通帳を貸してくれる?」と言われる。理由がよく理解できなかったが、すでにまともな会話ができる状態じゃないと思っていたので再び妻へ通帳を渡す。 その後また通帳をなかなか返してくれなかったので、出勤前の朝にやや強めに返却を要求。返してもらったが、17日に更に50万円引き出しており、結果1月だけで150万円を引き出していた。 通帳を返してもらう際に口論になり、アパートを借りれなかったことで更に感情が不安定になっていた様子が伺えた。『子供を連れて実家に出て行く』ということを言っていたので、出勤後にすぐに義母に電話をして経緯を全て説明。義母は『離婚は仕方ない』『妻には家事育児は無理なので私が親権者になることに同意』と発言。 妻が子供達を連れて実家に来ても家に戻るように伝えてくださいとお願いしたところ、了承していただけた。 令和4年1月23日 妻から職場まで車で送って欲しいと言われて快諾。行きは妻が運転、帰りは私が運転。 通勤の車中にて、2日前の口論の際に私が言った『家にいる間ぐらいは時間通りに母親らしく行動してくれよ』の言葉で『反省した』と発言していたが、その後の行動は変わらず、翌日も私が仕事を終えて帰宅後はやはり一人で部屋に閉じこもり、子供達はリビングで過ごしていたが食事の準備はされていなかった。 令和4年1月27日 帰宅したら自宅に息子だけが残っていて、妻と娘の姿がなかった。 息子に事情を聞いたら、妻が娘にちょっとした注意をしたところ、娘が反論。そこから口論のようになり、最終的に妻が子供達を置いて荷物をまとめて家を出て行こうとした。 目の前で家を出て行こうとする自分の母親を目の前にした娘は、自分も一緒に行くと言い出し、結局二人で実家に出て行った。 息子に関しては「友達を大事にしたい。今の友達と一緒に学校に行きたいからここに残った」と言っていた。 LINEで義母にメッセージを送信すると『妻はそんなにおかしくなってない。落ち着いてください』等と返信が来て、家に帰すという約束を守られなかった。 令和4年1月28日 急遽、仕事を休み、相談ができるところに電話をかけまくる。 役所の弁護士相談に行ったところ、離婚調停の話を聞きすぐに家庭裁判所に向かい相談し、結果調停の申し立てをする。同時に子の引き渡し保全も申し立てる。 夜、指の怪我のために妻に病院に連れて行かれていた息子が、妻の両親と共に自宅に戻るも「やっぱり本当はママと一緒がいい」と告げられ、そのまま家を出る。 私に気を使って本心を隠していたのかとも思ったが、前日にしっかりと自分の考えを私に伝えていた様子を考えると妻の指示でそれを言わされた可能性もあると考えられ、不自然な部分があると後から感じた。 令和4年1月30日 自宅マンションの隣のアパートが空いている等の情報をLINEで送信してきたり、離婚協議内容とは真逆の『私が家から出て行け』というような主張や、間もなく振り込まれる子ども手当をくれと要求してくる。 仕方がないので、調停や保全の申し立てをしているので、お金のやり取りはそれ以降でということを伝えると激怒した様子。直接交流が難しい状態になる。 令和4年2月6日 義父は『子供達は私のところと妻のところを交代交代で』と提案していたが、全く守られることはなく、とりあえずこの日は別居後に初の面会交流。 義両親、同じマンションの隣の部屋に住む義姉・義姉の中学2年の娘・小学2年の息子らとともに外食する。義父より次回は11日と約束。 令和4年2月11日 当日になり、義父より『義母が自家用車を使っているので子供達を連れていけない』と面会交流を当日キャンセルされる。 以降は『子供達が会いたがっていない』『実家に来てから子供達は落ち着いている』等という理由で会わせてもらえない状態、親子断絶が続く。 すでに決まっていた離婚協議内容も『話し合って決めろ』等と『決まっていた』と伝えても聞かず、『中立に話を聞くよ』と言うので経緯を話し出すと途中で話を遮り『そういうのはちょっとわかんないけど…』と経緯を伝えることもできず、『男は仕事だけしていればいい』『金だけ出していればいい』『男に家事育児は無理』と家事育児をしながら仕事もしていたことを伝えても全く聞き入れず、義父との交渉は無理と判断。 調停の資料にて、義母が自身が入信している宗教のセミナーの勧誘を直接子供達にLINEメッセージで送信していることを提出したことにより、宗教を否定されたと勘違いした義母はこちらからの連絡を全て無視するようになり、話ができなくなったばかりか、陰で私のことを悪く言うようになる。 神奈川県に在住の義兄のみ、妻と義両親の行動は良くないと考えて私の相談に乗ってくれるが、義兄からの話も義両親は全く聞き入れてくれない。 隣に住む義姉は良くも悪くも全く無関心、無関与である。 令和4年2月14日 調停前の仮保全。 妻は時間に連絡無しに遅刻し、無言でぬーっと入室。 裁判官の質問に対し、無関係の自身の思い等を長々と主張、何度か裁判官に『質問の回答と違う』と制される。 審議中に携帯電話が鳴り注意される。 保全に関しては、子供達の健康状態に異常がないとのことで引き渡し等は認められず。 審議終了後、すぐに弁護士に事件処理を委任。 令和4年2月19日 毎日少しずつ妻や子供達の荷物が減っていたり、家族以外の人間が侵入した形跡があるとおもっていたら、仕事から帰宅後に自宅に娘を連れて義父が侵入し、妻の衣類等を回収に来ている場面に遭遇。 『いつになったら子供達を家に帰してくれるのか』を問いただしたり、土下座をしてお願いしても『今日は荷物を取りに来ただけだから』等と全く取り合ってくれなかった。 令和4年2月20日 妻の部屋より高額の買い物の領収証を大量に発見。確定申告用に取っていた様子。 ザッと50〜100万円分ぐらい。 同時に令和2年11月より、フリーランスとして個人事業の開業の届け出をしていたことが届出書にて発覚。領収証の件も個人事業の件も聞いていなかった。 令和4年2月27日 家族以外の侵入の形跡があり、家財が日に日になくなっているため、監視カメラを設置する。 令和4年3月8日 調停1回目。経緯の聞き取り。お互いの主張など。 令和4年3月14日 義母が自宅に侵入した様子が監視カメラに撮影される。 義母は娘が学校で使用するエプロンを取りに来たとの話だったが、それ以外にも下駄箱から数点靴を持ち出したり、用件と無関係の私の自室やトイレ・風呂・洗面所・リビングを覗くなどの行為も撮影されていた。 留守中に無断で侵入されるのは不快なので、当方の代理人弁護士経由で相手方窓口の義父に連絡。 今後、荷物の搬出などは事前に連絡をいただければ都度、対応するので無断での侵入はやめるように伝えてもらう。 令和4年3月16日 当方の代理人弁護士事務所にて、義父に事件の経緯や状況の説明・説得をする予定だったが、アポイント無しで急遽妻も一緒に事務所に乱入し、自身の主張を矢継ぎ早にまくし立てる。 結果、当初予定していた義父への説明等はできずに終わる。 令和4年3月20日 娘が自宅に泊まりに来る予定だったが、当日に義父からの連絡でキャンセルされる。 2日ぐらい前まで私と会うのを楽しみにしていて、LINEでしりとりなどをして遊んでいたのに急に会いたくないと言い出したとのこと。 令和4年3月30日 仕事中に警察から連絡が入る。妻の行動に不信感を抱き、同居中に車に設置していたGPSを妻が発見し通報したので、事情を聞きたいとのこと。 仕事を早退し、警察署に向かい事情を説明すると納得していただいたが、ストーカー法に触れる恐れがあるということで、申立書を一筆書かされる。 令和4年4月12日 義姉と義姉の娘と共に突然、息子が帰宅。2ヶ月ぶりの再開に感極まり涙を流しながら抱きしめた。 聞くと遠足に使うリュックサックを取りに来たとのことで、5分足らずではあったが交流できた。息子を自宅から連れてきたという義母は隣の義姉宅から出てこなかった。 令和4年4月15日 調停2回目。面会交流に関してだが、妻は議論すら拒否。話は義父としてくれの一点張りだが、肝心の義父は『子供達が会いたがっていない』の一点張りで話が進まず、調査官による調査を行う流れになる。 妻が毎月10万円の婚姻費用を請求し始める。 令和4年4月22日 私の実家の母が義両親宛に直筆で手紙を郵送。 今回の事件について『無関係の子供達を家に帰して、夫婦間の問題は本人達で話し合いをさせるべきではないか?』『義両親の意見をお伺いしたい』という内容を一切無視。 自分達宛の手紙であるにも関わらず、娘である妻に丸投げしたようで、妻から私の母に対して通常の画面では表示しきれないほど長文のLINEメッセージが送信される。 内容は自身の目線のみの身勝手な主張のみ。 母が反論メッセージを送信すると、すでにブロックされていた。 令和4年4月27日 子供達のメンタル面が心配なため、子供達の小学校のスクールカウンセラーと面談。 同居親の了承がないと子供達のカウンセリングはできないとの結果ではあったが、事情等は細かく聞いていただけた。 令和4年5月9日 家庭裁判所調査官調査開始。私の面接からスタート。 令和4年5月15日 義母に『いつになったら家族を家に帰してくれるのですか?』とLINEメッセージを送信するが無視。いわゆる既読スルー。 令和4年5月17日 調停3回目。自宅に残された領収証等から妻に浪費の傾向があることを知ったため、婚姻費用が子供達のために使われない可能性が考えられるため、妻の経済状況等を教えてもらうように主張。 また、実質子供達の監護に当たっているのは義母であるため、婚姻費用の支払いは義母に対して等を提案する。 令和4年5月19日 何気なく改めて妻に預けていた家計の通帳を確認したところ、通帳記入開始の令和2年7月より別居までの約1年半の間に通常の生活費として使用する範囲を大きく超えた莫大な金額の出金(使途不明金)が散見される。 合計786万6000円。 生活費、住宅ローン等の支出を考慮しても約500万円もの金額は使途不明である。 令和4年6月24日 調停4回目。妻の要求通り毎月10万円の婚姻費用の支払いが決定。 令和4年6月28日 勤務先より、スマートフォンにて監視カメラの映像を確認したところ、子供達が義姉に連れられて自宅に帰ってきている映像を確認。 義姉に電話すると、友達と自転車で遊びに行くと言って急遽学校から帰ってきたとのことで、もしかしたら会えるかもしれないと、仕事を定時で切り上げて帰宅。 自宅マンション前で息子と会う。 後に知ったことだが、息子はこの10日ほど前に調査官の面談にて私のことを非常に嫌悪しているような発言をしていたので、遭遇した瞬間はバツの悪そうな態度だったが、いざ話してみると以前と変わらない様子で短い時間ではあったが何気ない会話を交わすことができた。 令和4年7月8日 調査官調査報告書が届く、前述の通り息子は特に私に対してかなり厳しい発言をしていたが別居前の私と息子の関係性や、6月28日に会った時の様子から本心の発言ではないと判断。 令和4年7月12日 調停5回目。調査報告書の結果より、まずは面会交流を充実させることが重要との調停委員の見解結果だったが、妻は変わらず協議に応じる姿勢を見せず、義父と交渉しろとの一点張り。 義父は相変わらず『子供達が会いたがっていない』の一点張り。 進展せず。 令和4年9月13日 調停6回目。進展無し。 令和4年9月26日 個人事業として事業所得があるという理由で社会保険の扶養から外れていた妻に対し、私の勤め先に提出するための新たに加入した国民健康保険のコピーを請求し始めて約半年、やっとコピーを受け取る。自宅ポストに投函されていた。 確認すると交付年月日は令和4年8月1日。約5ヶ月間、健康保険に未加入の状態で生活をしていたことが発覚。 5月頃に調停にて『国民健康保険に加入している』と話していたことは虚偽だったことが発覚。 令和4年10月7日 娘が義姉に連れられて自宅に来たが、寝過ごしていて会えず。 令和4年10月9日 あまりにも状況が進展しないため、距離を取りたがっていた義姉に仕方なく相談する。 頻繁に連絡を取り合っている義兄からの情報や調査報告書通り、妻は子供達の監護を義母に頼り切っており、そのために義母は強いストレスを抱えて妻達に家から出ていくように伝えていることや、それが原因で頻繁に衝突し揉めていること、更にはそのせいで一度家出をしてきたことなどを知る。 妻は公団の申し込みにも落ちたり、出て行く場所がないことも教えてもらった。 義母も、子供達を家に帰せば済む話なのに矛盾した行動を取っている。 令和4年10月21日 調停7回目。突然の妻からの提案があった。 今後は毎日、子供達を下校後に自宅に帰宅させて過ごさせて、その後夕方頃に迎えに来て実家に連れて行く。条件として、監視カメラを外してこちらに渡せ。調停を取り下げろという提案。 監視カメラはすぐに外して代理人弁護士に預かってもらい、面会交流調停以外の調停を取り下げることにして、次の私の休みの10月24日から早速開始ということで話がまとまる。 令和4年10月24日 待てど暮らせど子供達が学校から帰ってこない。 さすがに遅いと思い、代理人弁護士経由で義父に連絡したところ『行けなくなった連絡をするのを忘れていた』『子供達はやはり会いたがっていない』と、変わらない主張でまたしても約束を破られる。 令和4年10月31日 いつまで経っても子供達との面会交流が実現しないことに痺れを切らし、せめて姿だけでも一目見ようと下校時間に小学校の門の前のコンビニ駐車場で待機していたところ、迎えに来た義母の車を発見。 私と子供達が会えないことを憂いていたり、子供達の監護でストレスを抱えていることを聞いていたので、少し義母と話してみようと車に近づいたときに丁度下校してきた子供達二人と遭遇。 下校後に自宅に帰ってくることになっていることを伝えると、義母もそんな話は知らないと発言。 妻や義父が説明して説得しているはずの子供達もその話を知らなかったため、この時点で義父の『ずっと説得はしているし、これからも説得していくから信用してほしい』という発言が嘘だったことが発覚する。 その後、義母が子供達にどうするかを確認すると二人共私に着いてきて約9ヶ月ぶりに自宅で交流することが実現した。 令和4年11月12日 子供達の運動会を観に行く。 義父と妻の姿を発見したが、見つかると揉めると思い距離を取って運動会を観覧。 令和4年11月15日 下校後に再び校門で待機していたが、その日は下校時間が通常よりも早かったために会えずじまい。 義母と直接会ったことにより、連絡が取り合えるようになったかと思いきや、やはり電話には出てくれず、義兄が確認してくれたところ、やはりまだ私と連絡を取ることは個人的な感情によって抵抗があるとのこと。 令和4年11月24日 この日も下校時間に校門前の駐車場で待機していると、迎えに来たのが妻本人だったため揉め事になってはいけないとすみやかに帰宅。 帰宅後に少し経ってから警察から電話があり、妻がコンビニ駐車場で私を見かけただけで警察に連絡したらしく、事情を説明する。 令和4年11月29日 調定8回目。年末調整のために今年度の妻の収入見込みを教えてもらったり、前回の調停での提案を守らなかったのはどういう理由なのか等を確認しようとしたところ、妻が激怒して協議が全く成立せず。 激怒の理由として、自宅から荷物を運び出す際は事前に連絡をするようにという約束を破り妻が11月25日に自宅に侵入した際に、自室を娘の部屋に模様替えされて自分の荷物が見当たらなかったことに対して『荷物を全部捨てられた』と主張。 妻の荷物に関しては、現在未使用の和室の押入れに全て閉まっていることを伝えても『捨てたに決まっている』と激怒して聞き入れず、離婚届を準備してきて『すぐに離婚しろ』『離婚しなければ子供とも会わせない』『勝手に記入して勝手に提出する』『親権者はそっちでいいからとにかく離婚だ』等と尋常ではない様子。 また、妻から取り下げろというので取り下げた離婚調停を『調停を申し立てる』『裁判だ』等と申立書も持参して喚き散らす始末で話にならなかった。 調停後にやや身の危険を感じたことと、約束を破って再び住居侵入をされたこと、そのためにカメラを外させる必要があったので守りもしない面会交流の提案をしてきたことなどがわかり、調停後に警察に相談に行く。 その後、自宅マンションのドアの鍵を急遽変更し、監視カメラも再び設置する。 令和4年12月31日現在 相変わらず進展なし。 2,相手方の問題点 【妻】 ・既に同意して成立していた離婚協議内容の反故(協議書作成途中での反故)。 ・配偶者の同意なき子の連れ去り・実子誘拐。 ・一方的なLINEメッセージでの主張(嫌がらせ)。 ・子供に『自分の意志で家を出てきた』等と言わせた動画を撮影して送信してくる(虐待・DV)。 ・コミュニケーション拒否(自室に籠もる・連絡遮断)。 ・無断での家財の持ち出しや、子供達の住民票の移動による強制的な生活基盤の形成。 ・婚姻関係はまだ続いていて私の扶養に入っている状態であるにも関わらず、勤務先に、提出する書類等の準備に非協力的。 ・別居親の悪口等による片親疎外。 ・子供達のスマートフォンを操作してLINEをブロックしたり等の意図的な親子断絶。 ・家計の使い込み786万6000円。 【義父】 ・嘘の発言やでまかせの発言ばかりする。 ・当日キャンセル等、何度も約束を破られている。 ・無断で住居侵入。家財の持ち出し。 ・実質、妻側の窓口なのにこちらから連絡しなければ連絡が来ない。 ・実子誘拐幇助。 【義母】 ・電話無視、LINEメッセージ無視。 ・無断での住居侵入。家財の持ち出し。 ・子供達への宗教活動への参加強制。 ・実子誘拐幇助。 3,10月31日の子供達の様子 隣の校区である妻の実家に連れて行かれてはいるがこれまで通学していた小学校に変わらずに車で送迎されて通学している。 9ヶ月ぶりに自宅に帰ることができた子供は、水を得た魚のごとくのびのびと遊び、また久しぶりの我が家を懐かしがり、家に帰りたいのにそれを言えない言い出せない状況で生活することを余儀なくされていることを感じた。 娘に関しては、『楽しい』と感情が口から無意識にこぼれ出したり、『家に帰ってきたかったらいつでもママに言うといいよ』の私の発言に対して『言えるわけ無いやろ…』と呟いたりして、その一言で子供達がどんな状況に置かれているか容易に想像することができ、妻よりも大人な感覚を持っていると感じた。 義母と約束した帰宅時間が迫っても、次々に『あれをしよう、これをしよう』と遊び出す子供達に私の方が焦ってしまうほどであり、やはり子供達は自宅に帰りたがっているのだと痛感した次第である。 子供達は父親である私と断絶されていることは元より、同じマンションや近隣に住む同じ小学校の友人達とも断絶されており、その友人達も子供達が帰ってくるのを待っている様子も伺えて心苦しくなる。 また、学校内の生活だけではなく、他の小学生達と同じように一緒に登下校したり、下校後に遊んだりということを通じて友情を育み人付き合いを学び、そんな仲間達と中学校卒業まで過ごして大人になっても何かあれば助け合えるような素晴らしい幼なじみの関係を築いていってほしいと切に願っている。 妻の個人的な感情による独断で、問答無用に無関係の子供達の生活環境まで変化させることは大変な間違いであるし、非常に罪深い行為であると感じている。 返信 私達はステップファミリーです。 私→小学生2人 妻→中学生1人 2人の間に現在3歳の子 ステップファミリーでしたが、私の子ども達は3歳の子とは仲良しでした。とても仲良く過ごしていました。 しかし度重なる妻との衝突で、私が限界を迎えました。 2021年に、離婚調停、後に離婚訴訟しました。 家庭裁判所で係争中、妻からは精神的DVを私や私の子ども達は受けていました。3歳の子と遊んでいても、家の中で引き離され、こちらのことはバイ菌扱いでした。 相手弁護士からも、早く監護権を決めましょうと連絡がありましたが、係争中にも関わらず子どもを含め、家具家電、可愛がっていた犬2匹まで連れて無断で出て行ったのです。 間抜けの殻になった家を最初に目の当たりにしたのは、私の子ども達。学校から帰ると何もなくなっている家。 どれほどショックを受けたでしょうか。 あれから1年以上経ちますが、一度も3歳の子と会えていません。 妻は私だけでなく、子ども達にも大きな傷を残しました。 絶対に許しません。 罰せられるべきなんです。 世の中には同じく辛い思いをしている方々が沢山いる。どうかしています。 返信 2022年10月に妻に娘を連れ去られました。 私たち家族は関東在住でしたが、連れ去られた場所は妻の実家の熊本県。 当初は1~2週間程度の帰省になるとの連絡を妻から受けていましたが、その約束は反故にされ、2022年11月上旬に突然弁護士からの封書が私宛に届き、当該弁護士が妻の代理人となった受任通知および妻からの離婚調停、婚姻費用調停申し立ての旨が記載されていました。更に私が離婚に応じるまでは娘に合わせるつもりはないという旨も記載がされていました。 2022年10月当時は確かに夫婦仲が悪化する出来事はありましたが、私からのDVや虐待に該当するようなことは一切ありません。妻が私の同意なく娘を誘拐し、婚姻費用という名の身代金を要求し、金を払わなければ娘には会わせないという状況は、家族の問題を超えた明らかな誘拐事件です。 2023年1月時点では、未だ娘とは会えておらず、電話すらできていない状況です。 所轄の警察署では一切民事には介入しないと断言されており、この状況に対してなす術がありません。 返信 2022年夏、私が仕事から帰ると妻と娘の姿がなく、2人の荷物がなくなっていました。置手紙があり、そこには出ていく旨と次の日に弁護士から書類が届くということが記載されていました。すぐに妻と妻の親に連絡を取りましたが無視をされ、妻の実家にも行きましたが誰もいませんでした。妻と妻の親による子の連れ去りでした。 後日届いた弁護士からの書類には、妻に連絡を取るなということと、離婚調停を申し立てるということが記載されていました。私はすぐに弁護士を探し、子の連れ戻し·監護者指定の審判と面会交流調停の申立を行い、係争中ですが、今のところ月1回の交流しか認められていません。連れ去られてすぐは、娘に会えない辛さから食欲もなく眠れず、自殺も考えました。娘を連れ去られて次に会えたのは2ヶ月後でした。仕事にはかろうじて行っていますが、現在もモチベーションは物凄く低い状態です。 娘はパパっ子だったので、私がいないことに違和感を感じていて、妻が無理矢理転園させた幼稚園も楽しくないようで、写っている写真は無表情で、子供らしさは一切ありません。現在、私だけでなく娘までも苦しい状態が続いています。 妻が行った連れ去り行為は、決して許されるべきものではなく、一刻も早く処罰されるべきだと思います。 返信 父親:47歳(私) 母親:48歳 息子:9歳 ※案件発生時(2018年3月) ◾︎経緯 ・私は別居親の父親です。 ・私にはDV、児童虐待はありません。母親である元妻にもDV、児童虐待はありません。 ・元妻は、夫婦関係の意見の対立があったことを受け、その後の私との協議を全面拒否し、ある日私への事前通告無く、子連れで家出をしました。 ・連絡先も私には一切連絡無く、まさに突然姿を消して所在不明となった形です。 ・元妻は子連れ出別居を開始した後、私を息子に会わせないと主張しました。 ・私が息子に会えない理由を彼女に何度も聞きましたが一度も理由を告げられたことはありませんでした。 ・元妻は連れ去りと同時に弁護士を立て、調停を起こしました。弁護士から私宛に送られてきた書状には全ての協議は調停の場で行うという旨が書いてありました。 ・そのまま2ヶ月経過し、協議の場は調停に移りましたが、調停で協議を行うと主張していた元妻はそこでも理由を告げずに親子面会交流を拒否し続けました。 ・調停の場で私が調停委員・調査官から言われたのは、私が息子と面会するのは同居親である元妻の監護権を侵害することになるため、そのままでは認められないとの話です。 ・その時点ではまだ婚姻中であり、私も親権者の一人ではありましたが、事前通告無く勝手に子連れで家出をした者にだけ監護権が認められ、ある時突然息子と会えなくされた者には何の権利も残らない状態となっていました。 ・調停の場で私は息子に会いたいことだけを主張しましたが、元妻は拒否の姿勢、理由を尋ねても無回答を続けました。彼女から示された面会交流の条件は、次のものでした。 1)息子には別居開始の真の理由を話さない 2)面会交流には同居母親である自分も同席する 3)面会交流場所は自宅は不可、宿泊も不可 4)時間と場所は同居親が指定する ・私にはそれに従う理由は無かったのですが、この条件を呑まない面会交流は実施しないとの主張を元妻が理由なく繰り返していて、調停委員も調査官も裁判官も彼女を説得出来なかったので、これら条件を全面的に受け入れて面会交流を実施することにしました。 ・調停の間中、私達夫婦がなぜ別居を開始したのか、なぜ私が息子に会えないのかの理由が確認されたことは一度もありませんでした。私が何度尋ねても、それは単なる私の愚痴程度にしか扱われず、調停協議の俎上に上ることは最後までありませんでした。 ・元妻は調停の場でも沈黙を続け半年以上を経過させました。そのまま調停が膠着状態に陥ったため何も進展が期待できないと裁判所に判断されてしまい、我々夫婦は裁判所から調停強制終結を告げられるに至りました。 ・事態改善が一切見込めないと感じた私は元妻の主張する条件を全面的に呑み調停を終結させる判断をしました(せざるを得なかった)。 ・そうして元妻が当初主張していた調停での協議は全く行われず、進行の遅い調停で時間稼ぎだけされ、私は何の主張も弁明もする機会を持てず全く不本意な形で離婚が成立しています。 ◾︎まとめ 上記ポイントだけまとめると次の通りとなります。この司法運用を変えてもらわないと片親が我が子を連れ去って反対片親に会わせないようにする、実質的な誘拐行為が無制限にできてしまいます。 ・同居親の主張だけで全ての法的な手続きが進行すること ・同居親の身勝手な行動が起点でも特に進行に制限はないこと ・その法的手続き進行に際して、何の理由の確認も検証もされないこと ・そのまま離婚に帰結し、別居親は自動的に親権を失うこと ・その間中ずっと別居親は我が子へのアクセスができず、片親による独占的な監護状態が確立してしまうこと ◾︎希望 単独親権制をとっている現状においては、離婚時にいずれかの片親を親権者に指定せねばならなくなっています。監護者指定においては監護の継続性という観点から判断するのが効率が良いのかも知れません。判断時の監護状態が法的根拠を持たず正当化の出来ない実力行使の自力救済行為によって開始されたものだとしても、開始時点に遡って事象の検証を行わない運用が行われているため、今のように我が子を誘拐するという行為が日本国内で横行しています。一日も早くこのような実力のみで我が子を奪い合うような制度運用は止め、正当に夫婦の離婚、そしてその離婚後の子育てについて協議できる制度運用への転換を希望します。 返信 妻は離婚の話合いがしたいと夫を自宅に呼びつけ話合い中に激高し「殺したい」と殺意を口にした。そばにあった手鏡を夫めがけて投げつけ、夫は恐ろしさのあまり110番通報した。さらにその日から夫への暴言・暴力を抑えられないという理由で20日間以上にわたり、交代でのホテル暮らしを夫に強いた。 別居後、子どもを当面交代監護しつつ落ち着いて夫婦間で話が出来る状況となった。それにも関わらず、わざわざ長女と夫が一緒にいるタイミングを狙って電話をかけ暴言で夫を挑発し、その時の夫の言動を記録し警察等の複数の公的機関を訪問、面前DVなどと主張した。これは後日、実施誘拐をすることをこの時点で計画しておりその布石である。つまり「DV夫から子どもを連れて避難する妻」というストーリーを自作自演するといういわばでっちあげDVである。 欺罔を用いて実子誘拐(連れ去り)を決行。この時長女は長期にわたり父親と引き離されるとは全く思っていなかった。つまら、妻は夫のみなならず長女も自らの欲望のために欺いたのである。その後、2度にわたり話合いを希望する夫を排除するため警察を悪用した。 弁護士から受任通知が届く ただし日付のところが手書きになっており、あらかじめ書面を準備しており子どもを確保の確認ができたので日付を手書きしたと強く推認される さらに子どもを確保し、絶対的に有利な立場を利用し夫を幼稚園から排斥しさらに話合いで決めることになっていた小学校も独断での入学手続きを強行した。また家庭裁判所に対しても調停申立てから現在に至るまで悪用を続けている。 返信 結婚1年目、「周りで離婚する人が多かったからなかなか子作りに積極的になれなかった。離婚した場合、子どもが不幸になると思った」的な事を妻にポロっと話した所、「そんな気持ちで結婚したのか!離婚だ!慰謝料1000万円払え!」と発狂。 その件は、悪いと思ったので謝り妻も了承。後に子どもも生まれ家も建てた。 結婚7年目「1000万円払わないなら離婚。」と突然言い出し、断った所翌日子どもを連れて別居開始。 義実家へ行った所、妻及び義父母から脅迫強要され慰謝料1000万円の念書を書かされる。 なお、私に不貞、暴力、虐待、借金など一般的に離婚を請求できる有責事由はなく、妻の離婚理由も「トイレのドアを開けっ放しにしたら注意された。」「肩幅が広いと言われた」など意味不明。 ・義父母は自らが持つ家以外の住所を妻に提供することで、支援措置が受けられるように幇助。 ・義父は警察OB、義母は元保育士、義兄は離婚後子供に会えていないという家族構成にも関わらず、子どもを誘拐し協力して 会わせない日を続けている。 ・妻及び義母については強要罪で告訴受理すると警察も言っているが、警察OBである義父は受理しないという隠蔽体質にも悩まされている。 ・子どもの運動会に行った所、警察が待ち構えており「あなたがくると業務妨害になる」と謎の理由で追い返される。 ・妻は連れ去られる心配があると主張しテレビ電話さえ拒否。 このような意味不明な状況でも、子どもに会わせなくてなんの問題もないと判断じてしまう警察、裁判所などこの国の制度はやはりおかしい。 返信 私は、私の両親と妻と子(2歳)と私の実家に住んでいました。 子供が歩ける様になった位から、妻と両親との関係性が冷たくなって来ました。 今となっては両親は何処が悪いのか不明のまま過ごしていたと言います。 親に冷たくされていい気持ちになる子はいません。 私はなぜなのか問いましたが、悪いことはしていない。冷たくしていないと言いました。 その言葉を信じていましたが、2021年、10月に妻が「土日に実家に行ってくる」と言い、了承しました。 私は外出していましたが、日曜日に外出中、母より電話で「○子さんが帰って来たが実家に戻ると言って出ていった」との連絡がありました。 私はすぐに連絡し、妻と市内のショッピングセンター で落ち合いました。 その際、妻にはどうしたのか?つらいのか?と話しましたが、何も言いません。 そして、両親との関係性が冷たく、私も何も言えなかったことに反省し、「実家を出て家を借りて3人で暮らそう。今は疲れているだろうし、実家に1週間ほど帰ってゆっくりしてください。俺も悪かった。」と言い、当面の生活費3万円ほど渡しました。 妻は何も言わず金銭を受け取り子を連れ実家に向かいました。 翌日、夜。一通のメールを受信しました。 「私は離婚したい」と。 そのメールを読んで連絡しましたが、妻は実家ではなく妹夫婦のアパートに泊まっていました。すぐにでも話したいと連絡しましたが、「子が寝ているからダメだ」と返信がありました。 その晩はそのまま市内のコンビニ駐車場で過ごし、朝9時からファミリーレストランで3人で会いました。 いくら話してもいくら謝っても彼女は離婚するの一点張りです。 離婚理由も「小さいことの積み重ね」しか言いません。これの繰り返しで15時までいましたが話はすすみません。 まずは義父に謝罪をしようとアパートに向かいました。 義父には会えましたが、「俺はさっき聞いた。よくわからないが今は帰ってくれ」と言われました。すぐに妻もアパートに戻って来ましたが、何も言いませんでした。 その後は日を改めて義母(義父と離婚後再婚)、妹夫婦に謝罪に行き「離婚したくない」との気持ちと、妻への謝罪を伝えました。その際は誰にも援助や仲立を頼んでいません。 しかし、彼女は以来、実家に住んでおり、2歳だった子も3歳になった直後、知らぬ間に幼稚園に入園させ、それから職を探し就職しております。 また、その間は彼女に生活費を渡しておりますが、かと言って連絡もして来ず、親子交流の連絡しか反応しません。 私と妻は喧嘩も暴力も暴言もなく過ごしていました。 しかしながら、現在、彼女は弁護士に依頼し、弁護士も受任通知意外、私からの連絡には反応をいたしません。 これより私の思う違法性を記載します。 ・話し合いなく別居をし、その後も明確な理由がなく現在に至っている(民法752条) ・面会の際は子供が「お家に帰りたい」「お父さんといたい」と子供の言ったことを無視、あるいはできないと言う。(児童虐待の防止等に関する法律第2条第4項) ・幼稚園の入園や、実家からの転居に関して独断で決定した。 (民法818条、民法820条、民法821条) ・当方宅を出、直後に離婚を申し出、未成年を掠取した。(刑法224条) ・弁護士に依頼し、生活費を上乗せする様迫った(刑法225条) 協議もなく、提案にも耳を貸さず離婚するの一点張りな状況は、別居親の家庭や人格を崩壊させるものであり、また、子の福祉を無視した自己都合な行動であり、許されるべきではありません。 残念ながら連れ去りは昼逃げと称し、推奨する弁護士が多くおり「子を連れて逃げたら勝ち」「離婚をしないで婚姻費用を長くもらえ」と教唆する証拠も出て来ており、社会を守らない弁護士が、離婚ビジネスと言われる問題や、片親の連れ去りと言った社会問題が顕著に発生しています。 これらは家族のためではなく、金銭や親権を得ようとすることが問題であり、制度を悪用しているものであります。 私の姉の知人に、離婚を決めた後にワザと3人目の子供を作り、その後連れ去った後で裁判等で5年戦い、離婚判決を勝ち取り、「働かないでいいほどのお金を得た」と自慢している女性がいるそうです。 これが現在、罷り通っているのです。 返信 令和4年7月中旬、仕事から帰ると通常なら在宅しているはずの2人の息子(4歳と2歳)と妻がいなかった。 テーブルに「しばらく考えたい、以降の連絡はここへ」と弁護士の電話番号が書かれたメモがあった。 すぐに書かれた番号へ電話したが、コール音→切電、コール音→切電をくり返されたのでやむなく110番した。 のんびりと現れた生活安全課の警察官は「あー奥さん出てっちゃったの。この番号にかけて、今後のこと相談したら。」と、その時点で安否が確認できていないにも関わらず、全く相手にしてくれなかった。 翌日拉致弁より連絡があり、委任されたので、直接妻へ連絡するな、との説明を受けた。 私もわずか3日後に、子の監護者指定審判、引き渡し、保全を申立ましたが、 第一回期日はなんと9月末。 この時点で家庭裁判所のやる気のなさが伺えます。 調査官調査もおざなりで、妻が主張している私のモラハラ(証拠ナシ、事実ナシ)についても調べない。 ただ、現状の監護状況に問題がないというだけで妻に対して監護者指定しました。 育児を手伝ってくれていた私の母も、 重度の適応障害となり、ほぼ廃人になりました。 私自身、子育てのために購入したローンの残った自宅も売却しないと恐らく養育費が払えません。人生がめちゃくちゃになりました。 裁判所、弁護士、共産主義者が日本の家庭破壊を進め、子どもたちの福祉環境が著しく低下しています。 子の違法連れ去りを厳罰化しないと、この状況は改善されません。 返信 令和4年8月18日 妻が我が子ども、五歳女の子三歳男の子を連れ去り実家へ出て行きました。一旦帰るという約束がいきなり家族会議をされ離婚と言われる。急な出来事に混乱し、お互いに出て行けと言ったケンカを伝えたが、とにかく離婚を伝えられここまでに至る。まず連れ去りをする時点で犯罪だということと、今まで幸せに暮らしていたのに何だったのかと。 とにかく今は法改正をしないと単独親権では連れ去りが日常茶飯事に行われる先進国ではありえない。とにかく連れ去りを厳罰化しないと離婚率も増えていく状況。 返信 令和3年5月4日、長男の空手の県大会でした。長男は県では一度も負けた事がない選手でした。私と一生懸命頑張って来ました。嫁はその事が気に入らなく度々、夫婦喧嘩をしていました。その日も口論から嫁ともみ合いとなりました。私は嫁の暴れる腕を掴かみ嫁は私にハンガーで何度も殴りつけてきました。それから5月9日まで普通に生活をしていました。その日も家族で昼食をした後、嫁と長女は図書館に行くと出かけ夜10時過ぎても帰らないので心配していました。そしたら突然7名に警察官が自宅に来ました。嫁は私が腕を掴んだ所、アザが出るのを待って警察に行って一方的DVされたと話をした事によって私は警察署で逮捕され、そのまま10日間の勾留されました。勿論、不起訴で釈放されました。その間に子供達は嫁の実家に行きました。後日、嫁の弟が私の自宅に押し付け子供達に会いたいなら謝罪が薄っぺらい!慰謝料2000万支払え!など訳の分からない言い掛かりを付けて来ました。勿論相手にはしませんでした。その後、嫁側から弁護士を付け多額の婚姻費用の調停の申し立て、こちらは面会交流調停を申し立てしましたが家庭裁判所は連れ去った側の言い分のみ聞き私の意見、気持ちは全く無視で面会交流は認められないと言われました。調停を一度取り下げましたら嫁は婚姻関係を利用し自宅に侵入、警察も親族相盗例だからと罪には問えない。やりたい放題状態です。現在、私名義の車を無断で名義変更した所を見つけ現在、有印私文書偽造罪、同行使罪、公正証書原本不実記載罪で刑事告発受理されています。嫁と嫁一族による警察機関を悪用した一方的DVに仕立て多額の婚姻費用の請求、虚偽だらけの弁護士を使った調停書面の連弾、親族相盗例を悪用した犯罪行為は絶対に許されない。 返信 ことの発端が家事育児をしない妻の不貞が発覚した事。 出産後半年程度から育児を半ば放棄する様な形で娘を避ける傾向が見られる 私の勤務中に娘を殴る ムカつくという理由で泣いてる娘を放置 娘の目の前で娘のご飯をゴミ箱に捨てる などなど、実際の暴力の他にも精神的な虐待も行う。 早く娘が手の掛からない年齢になって欲しい。 子どものせいで自分の女として価値を下げたくない。 仕事してるから育児なんて無理 などとんでも発言を繰り返す日々 不貞発覚後、協議離婚を目指して 慰謝料、親権など話し合いを行うが まともな話し合いはできず 娘を物として捉えているのか 自分の物だった娘が取られるのは嫌だと 急に親権を主張、養育費を請求し始める。 この状態で1ヶ月弱 年末に実家に帰るといいそのまま家具、家電、貯金数百万を盗み 娘を誘拐し他区のアパートへ引っ越す。 家を出ていくと同時に弁護士からの授任通知。計画的な側面が考察できた。 貯金を盗んで家を出ているのに お金がないという理由 連帯債務の住宅ローンなど 借金などは全てこちらに押し付けた挙句、養育費、婚姻費用を請求される。 自らの不貞で家庭を壊して 娘から友達、片親、住み慣れた環境を始め 全てを自己都合で奪っておいて平気な顔をしてる極悪人が裁かれない現状を憂いています。 返信 妻と子供が8か月前に私がDVをしたと行政に相談をして施設に連れて行かれました、私はDVはしていなく、出る前の日夜中に妻と子供が寝ていたのですが、子供が「生まれ来なければいいんだ、いない方がいいんだ」と5歳の子供が言うので飛び起き行ってみると妻はその対応もせず反対側を向いて携帯をいじっていて寝かせていない事に腹立てケンカになり叩いてしまいました。 それから3か月後に離婚調停の手紙が届き、今までで3回離婚調停をしています、初めは妻とやり直す事を考えていましたが、それまでの間に保護命令の発令(なんとか説明をして取り下げてもらいました)荷物の引き取りの際に色々と妻や子供の服などを買って渡しても何も音沙汰がなしの為、妻とのやり直しを諦め、子供と暮らすを前提に動いて行きたいと思うのですが、子供とは出て行ってから一度も会っていないですしどこにいるのかもわからない状態です。妻は精神疾患(ウチ病双極性2型障害)、浪費癖(昨年に60万、今年に総額100万の借金がありました)、ネグレクトや虐待(LINEでのやり取りや動画が一つ、近所の人からの証言)があります。 返信 妻とその父母の3人に、抱えていた当時9ヶ月の息子をさらわれました。 現在、鬱状態。 返信 非常につらい状況と思います。ご飯は食べていますか。眠れていますか。まずは心療内科へいってお薬をもらってください。また、弁護士に相談なさってください。警察にも連絡されましたか。早く解決することを願っています。 返信 あああ様 ご返信、そしてお気遣い、誠にありがとうございます。 5月中旬に精神科にかかり、うつ病と診断され、休職。現在は実家で療養中です(食事や睡眠は何とかとれています)。 連れ去り自体は、昨年末に起こりました。 妻の祖父母が予定なくやってきて、私が抱えていた子供を、妻に力づくで奪われ、続けて祖母が抱えていき、祖父の運転する車で妻の実家に帰っていきました。妻から帰り際に、「年明けには戻る」と言われましたが、嘘でした。 年が明けて、しばらくはパニック状態でしたが、弁護士に相談したところ、家裁は母親の味方なので、何をやっても解決しないと言われ、刑事告訴を勧められました。告訴状は2月に受理されました。しかし警察は何度連絡しても捜査に消極的で、現在も妻側への捜査を行っていないようです(5月アタマに公安委員会へ苦情届けを出しました)。 2月に妻の弁護士から調停(離婚・婚姻費用)の申し立てが来ました。3月に一回目が行われ、次は6月の予定です。 面会交流は、妻の弁護士の事務所で、弁護士監視の元、4月に一度だけ会えました。 4ヶ月ぶりでした。 子供の顔がかなり成長し、凛々しい”男の子”になっていたことにまず戸惑いました(私の中ではまだ赤ちゃんだったので)。成長の過程を見れなかったことの苦痛は形容しがたいです。 まだ1歳ということもあって、もう私のことをすっかり忘れているようで、抱こうとすると人見知りされ嫌がられてしまいました。昨年までの、普通に子供と接していた時にみせてくれていた子供の笑顔や笑い声が思い出され、かえって辛くなってしまいました。 そして、5月の面会交流は中止(子供が風邪をひいている、祖父母が嫌がっていると、色々理由を言われました)。その後の面会も未定。 そのタイミングでどん底まで突き落とされ、休職を余儀なくされました。 子供に会えなくし、婚姻費用や財産分与などの請求は容赦なく来る。 連れ去られた側を守る法律などが何もないことに愕然としました。 以上、長文失礼いたしました。 返信 相模原様 コメントが遅くなり申し訳ございません。 現在はご状況はお変わりないですか? こちらでは刑事告訴を支援することも可能です。 辛い状況かと存じますが、連れ去り被害者が手を繋ぎこの問題に向き合い少しでも前向きに生きられるよう情報交換をしましょう。 返信 TAKI様 ご返信ありがとうございます。 刑事告訴はすでに私がしており、捜査が進んでいるようです。 恐縮ですが、こちらの団体様は、他に何かご支援などして頂けるのでしょうか? 相模原さま 受理されてあとはなんとか起訴になるよう我々は知恵と力をあわせていますが、残念ながら現在はまだ起訴は出ていません。 返信 ご返信ありがとうございます。 ちなみに、人権擁護委員会にはかけあいましたか? 娘を夫に連れ去られました。皆さんとお話したいです。 返信 新井様 大変お辛い状況かと思います。 体調は大丈夫ですか? 弁護士さんなどに、ご相談されたりしたでしょうか? 返信 出張から帰ったら、家具や妻子の姿がなく弁護士からの手紙だけ置いてありました。 現在は監護者指定保全処分と離婚の調停中です。裁判所調査官の連れ去りを敢行したことへの肯定、事実を捻じ曲げ母親有利に仕向ける対応に愕然としています。 皆様と情報交換したいと思っています。 よろしくお願いいたします。 返信 やま様へ 本当に大変でしょうが、そうなってしまうと、もう難しいと思います。連れ去った母親がどんなに酷い人間であろうと、被害者の父親がどんなに良い人間であろうと、そんなことは関係なしに、親子断絶が事務的に淡々と進みます(とりあえず、刑事告訴だけはしておいて下さい)。 私は、子供の写真も貰えず、面会もできず、子供に一生会えないと感じ、自殺を考えています。 そもそも連れ去りを行うような親が、面会交流に応じる訳がないのです。 返信 新井様 コメントが遅くなり申し訳ございません。 現在ご状況を教えていただきたく存じます。 こちらの連合会では、無料で刑事告訴支援可能です。 返信 相模原様、TAKI様 返信遅れ申し訳ありません。ご連絡ありがとうございます。なかなか進展はありません。私はとても元気です。状況共有可能ですが、間違えて名前を書いてしまいました。前の投稿を取り消すことは可能ですか。 返信 相模原様、TAKI様 刑事告訴をすると状況が変わる一歩になるのでしょうか?子どものために何とかしたいと考えています。 具体的に教えていただけると助かります。 返信 やま様へ 不当な連れ去りの場合は犯罪にあたるので、身内であろうと告訴するのが人として自然なことだと私は思います。子供(子供の権利条約9条)と貴方(監護権)の人権が侵害されています。 ましてや、連れ去り被害者が増加の一途を辿る現在において、刑事告訴は、連れ去り被害者全員のためでもあると思います。告訴件数が増えれば、さすがに検察も無視できなくなってくると考えます。 警察や検察が母親を諭したり、母親に良心があるならば、その呵責に耐えられず反省して謝ってくるケースもあるらしいです。 また、告訴を取り下げてくれと向こうからお願いしてくる場合、取引条件(面会交流など)をこちらから提示することも可能です。 起訴となればもちろんですが(子供は貴方のもとに返ってきます)、起訴猶予でも違法性があると認識されるため、調停や裁判時に貴方に有利な材料として働くと考えられております。 刑事告訴によって、夫婦が高葛藤になることを恐れる必要は特に無いかと思います。なぜなら不当な連れ去りをしている時点で、既に婚姻関係は破綻しており、火は燃え盛っているからです。 なお、刑事告訴の期限は連れ去り発覚から六ヶ月以内、告訴は一度しかできません。 母親はきっと貴方が子供を捨てたとでも言うでしょう。そうしたら子供はきっと傷付きます(片親疎外症候群)。 さらに、連れ去りをしたという事実は、いくら母親が隠そうとしても、貴方が教えなくても、子供がいつか気づいてしまうらしいです。そのとき子供は母親さえも避けて不安定になってしまうかもしれまさん。 参考になれば幸いです。 返信 追加、失礼いたします。 考えが変わりはじめたので書き留めておきたく。 自殺を考えていましたがやめました。 子供のためにならないと思ったからです。 思えば、抜け殻になっている私は独りよがりでした。 全ては子供のためと考えること。 そのために何ができるか。 私たちには既に出来ていることがある。 それは連れ去りを自らしなかったことです。 それだけで自分を誇って良い。 だからくよくよと落ち込まず、子供のために何が出来るかを考えること。 まず、会えるようにすること。 そして、子供に「お前を見捨てたわけではない」と伝えること。 「お前が産まれるまえからずっと愛している」と伝えること。 私は残りの人生をかけてこの問題に取り組みます。 返信 sp49-97-13-103.msc.spmode.ne.jp 連れ去られた子供は、「もう一方の親は死んだ」「もう自分を愛していない」と聞かされることが多く、名前や外見を変えられることもある[9]。そのため、連れ去りは子供の精神に悪影響を及ぼす可能性がある(片親疎外・洗脳虐待/AC)[9]。連れ去られたことによる精神的ダメージは目には見えにくいが、子供の心に生涯消えない傷を残すことがあるため、片親疎外(PA)は児童虐待とされる[10]。 連れ去った後で23%の親が、子供への身体的虐待をしていたという調査がある[11]。 別居親に関われないことにより起こる愛着障害が、離婚家庭の子が将来離婚しやすくなる負の連鎖の大きな要因である。 (Wikipedia/親による子供の拉致/子供に与える影響) 返信 2024.1.7に1歳3ヶ月と6歳の娘達を夫家族に連れ去られました。モラハラに耐えかねて、子ども達を連れて兵庫県の実家に帰ったら、離婚を言い渡され、埼玉の自宅でこれまで通り子どもを通っていた幼稚園に通わせる、面会交流はさせる、と嘘をつき連れていきました。 その後、夫は夫の父親に連絡をとらせ、雲隠れ。勝手に私以外の住民票を移し、子どもを転園させ、自宅も私の荷物だけ残したまま売却の内覧をさせ、売却。一度も自宅に入ることを許さず、買主が決まってから引っ越し業者を頼んで荷物を移動させろ、と指示出し。荷物の大半は廃棄することになり。 実家に帰ってから2ヶ月間、私のカードや通帳は催促しても相手方が盗んだまま返さず。 約束の面会交流は行われず、養育費はいらないと言って連れ去ったにもかかわらず、こちらが面会交流と監護者指定の調停をおこしたら、弁護士をたてて、離婚調停と婚姻費用の請求をおこしてきました。 9ヶ月後、夫の自宅近くの児童館まで片道3時間かけて面会交流にいき、2時間、夫とその父の監視下にて面会交流。 翌月はテレビ電話1時間。 次は一ヶ月あいて、12月にまた向こうの自宅近くの児童館に行かねばならず。 次回の調停は2月で、家庭調査を行うから、それまでは向こうの言いなりになって向こうの提示してきた条件で面会交流するように、と調停委員。 こちらは月2回の宿泊付き面会交流を要求するも、相手方は拒否。 刑事告訴出来たのをこの記事をみて知りました。時間が経ってしまったので刑事告訴は難しいでしょうか? 毎朝、うなされて目が覚め、動悸がしています。 長女は離れる時に、ママが一番好きなの、だから行かない、と私にしがみつき、次女も泣き叫んでいました。 私が買ったランドセル姿をみることもなく、入学式にもいけず。 (ランドセル六万円は高い、と言われ、長女が希望していた色の型落ちを探し回りました) 何度も自殺を考えました。 返信 今年の夏に仕事から帰宅すると妻とこども3人の姿がありませんでした。 たまに連絡しますが、一切連絡はありませんでした。 自宅内の妻とこどもの荷物の大半はありませんでした。置き手紙があり、家を出ますとかかれていました。 その後警察に連絡するも捜索できないと言われました。 しばらく、精神的ショックから心療内科へ通いました。 いなくなって2週間ほどで保護命令の申し立てがありました。内容は身に覚えのないものばかりでした。義母に相談し、一部内容が嘘であることが証明することができました。また、妻の証言に一貫性のないことなどの理由から保護命令の申立は却下されました。 その後は奥さんの弁護士より離婚希望されていると通知がきており、親権と養育費、財産分与について希望されていると書かれていました。今なら慰謝料は希望しないなど、譲歩しているかのように書かれていましたが、慰謝料を払わなくてはいけないようなことはしていません。 こどもと会えないのが苦しい。 何のために、生きているのか、分からなくなりました。なんで現在も親権があるのに、会えないのか理解できません。 こどもとは父親だけでお泊まりすることもあるくらい仲が良い関係です。 なんで、このような片方の親だけ阻害されているのか、それを阻止できない法律になっているのが不思議でならない。 dvなどの事実がない場合の支援や救済などない。こどものためではなく、連れ去った親のための制度ばかり。 本当の被害者は誰なんだろう。 こどもや連れ去られた親だと思う。 こんなことがまかり通る今の日本にがっかりです。 共同親権が始まり、少しでも被害者が減ってほしい。 返信 ★さん ご連絡が遅くなりすみません。 ご状況を伺う限り辛い経験をされてますね。これは連れ去りにあたりますので刑事告訴すれば受理される可能性は高いです。 後方支援させていただくことは可能ですがいかがでしょうか。 返信 Sさん初めまして。 大変辛い状況かと存じます。 同じ当事者として手を取り合い一緒にこの連れ去り問題に向き合っていきましょう。 返信 コメントを残す コメントをキャンセルメールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目ですコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。
小学校に上がる前にいきなり連れ去られました。 最初数カ月会えず、家裁での審判に影響すると判断した相手方が月1回、1時間の面会をスタート。 連れ去りの違法性は家裁では一切見ず、私も監護者として適切とされながらも相手方を監護者として結審。 理由は、現在の環境になれているからという有様。別居の理由は、教育方針の違いと書かれており到底納得できる内容ではありませんでした。 居住地も秘匿され、徐々に連絡も付かなくなり断絶状態になりました。 司法的手続きを踏まない身勝手な行動が認められ、連れ去られて司法的手続きを踏んだこちらはこの国のいい加減さ、理不尽さを痛感するだけでした。 この国で親権がなにを意味するのかわかりません。 返信
2021年11月末に妻と2人で何年かぶりに食事に行くことになり、娘(当時3歳)を妻側実家に預けました。 「夜には娘を迎えに行くのでその間よろしくお願いいたします」と義理父に駅の改札前で預けたまま娘は帰ってきません。 妻側一家で計画的犯行で、私を外に連れ出している間に家に侵入し、家財、金品などを持ち出しており、家に帰ったらものけのからでした。 娘を迎えにいこうと妻側実家に行くと、義理父から「君はストーカー、警察呼ぶぞ!君はもう父親ではない」など非情な言葉を言われました。 その後、妻側弁護人から受任通知がきて、私も当時優秀な弁護人をつければ裁判で勝てると思い弁護人をつけましたが、裁判所の闇にはまり連れ去り側の擁護しかせず、1年以上が経過しました。 私に有責事由はなく、虚偽DV、性格の不一致、離婚したいからなど一方的に妻側の主張です。 連れ去れば裁判で勝てるという幇助をしている弁護人、連れ去りに関わった妻側親族は絶対に許せません。 連れ去り行為は共同親権以前の問題です。連れ去りを問題視して処罰しない限り共同親権が成り立つとは思えません。 返信
nama 妻42 自分45 婚姻期間1年未満 子供0歳児 2022年11月3日に妻が実家に帰っている 時にLINEで、別居通告 2022年11月6日離婚届けを一週間以内によ要求 2022年11月9日住民票移動 2022年11月21日児童手当変更通知 2022年11月25日妻側弁護士受任通知 その間離婚理由、面会交流を要求 調停で話したいと回答 2022年12月27日、離婚調停 離婚理由は性格の不一致 子供に会わせたく無い理由は 自分に会いたく無いとの事 今後の流れで、刑事告訴を検討。 妻の行動に責任を。 宜しくお願いします。 返信
2019、6月、仕事から戻るともぬけの殻状態、家族資金、子供の預貯金すべてのお金2000万以上とブランド鞄や時計等の金品を盗まれました。当時の子供の年齢は6.4.2歳の未成年3人です。 幼稚園や役所に確認後、相手側実家に迎えにいくと10数名以上の警察官に囲まれて任意連行されたが、虚偽DV.被害届や相談無し、シェルター逃げ無し。その時に初めて相手側弁護士がいる事を知る。元々、ネグレクトや育児放棄等、散財するダメ専業主婦でした。 そこから証拠集めし、 調停→審判→訴訟中。 相手側弁護士は金の事のみ 婚姻費用は決定したが、盗まれた金額が大きいので支払えない。 思考的面会で連れ去り10ケ月ぶりに1時間のみ。面会決定したが全く応じない姿勢で、すでに3年経過している。強制執行も決定したが金額が少なく意味ない状況。婚姻費用を支払っていない事が優先されて、盗まれた事は裁判所も認めない。訴訟中に身内3人亡くなったが、 全てにおいて無視されている。 子供を韓国に逃すと揶揄された事で精神的苦痛を受け通院中。 トータル4年目年明けに家庭裁判所にて判決予定。 高裁に行く覚悟ですが、裁判所、法、警察には期待していない。 当方弁護士は親身になってくれているが、本件以外には興味はない現状。 相手側は盗んだ金以外は普通の家柄なので金に余裕がありません。相手側が金が尽きるまで争うつもりです。元々、私の家族の金目当てだった結婚詐欺にあった感じです。 返信
令和4年10月1日。 仕事から帰宅すると妻と子供の姿はなく、一部家財道具も無くなっていた。 連絡は取れたが「離婚したい。弁護士から連絡します。」との事。 その後の調べで事前に住民票を移し、保育園も退園していた。 10月5日、子供の2歳の誕生日。 プレゼントも用意していたし、お祝いをしてあげたい、会わせて欲しいと伝えるも無視。 保育園も誕生日会の準備をしてくれていた。 後日保育園に一人で謝罪しに行った。 妻にその旨を伝えるも「保育園側からしたらもう退園していて関係ないのにそんな事で時間を割いて迷惑でしかない。あなたの自己満足だ。」と心無い事を言われた。 私は当時、離婚も突然の事で嫌だったがそれ以上にあまりにも一方的に子供を連れ去り、話し合いにも応じないので子供を戻せ、会わせろと主張。 子供はせっかく友達ができ、先生達からも愛されて大好きな保育園を退園した事、子供から父親を奪う事は許されることでは無い。 子供の事を一番に考えて欲しい。と伝えるも「子供の事を一番に考えての行動だ。」と根拠のない主張をされる。 すぐに「子の引き渡し」「監護者指定」「保全申立」の3点セットを裁判所に申し立てた。 更には「面会交流調停」も申し立てた。 子供に会いたい旨を相手弁護士に毎日のように電話やメールで伝えた。 12月16日。 1時間だけ相手弁護士事務所にて会う事ができた。 お互いに抱きつき、我が子の温もりと柔らかさを感じた。 時間になり、帰る準備片付けを始めると2歳ながらに雰囲気を察し、袖をぎゅっと掴んで「ぱぱ…」と言う息子。 涙が止まらず最後にもう一度しっかりと抱きしめ、「すぐに会えるようにパパ頑張るから少しだけ我慢しててね。ごめんね。すぐにまた会えるよ。」と伝えた。 なかなか離れようとしない子供。 これは精神的DVであり、児童虐待だと相手弁護士に主張して帰ってきた。 現在調停中であるが2ヶ月に一度のペースなので話がなかなか進まない。 緊急性がある訳でもなく、正当な理由のない子供の連れ去り。 実際誘拐、親子断絶は非人道的行為であり決して許される事ではない。 夫婦間の事が上手くいかなくなり離婚するのは仕方ないが、まともな親であれば子供の事をちゃんと話し合い、子供の事を一番に考えてお互いが納得する結論を出さなくてはいけない。 私は突然子供を一方的に連れ去られ生きがいを失った。 また連れ去りは容認され、連れ戻すのは逮捕されると言う日本の理不尽な法律の運用方法に強く疑問を感じる。 日本の法律では現行で未成年略取誘拐罪があるが、現行では連れ戻しにのみ適用されている。 そもそも最初の連れ去りにこそ適用されるべきである。 返信
実子誘拐は、片親疎外や子供への精神的虐待、その子供の片親へのDV、経済悪化、子供の人権侵害など様々な問題を引き起こす重大な犯罪です。 よく「誘拐には当たらない」など言って警察が「民事不介入」など言い、刑法224条の未成年者略取誘拐などで受理しなかったり、検事が起訴しないことも非常に多いと聞きますが、そのような対応では絶対にダメです。 そもそも親告罪で監護権を無理やり奪われているような状態で被害が甚大にも関わらず警察が動かないことは、決してあってはいけないと思います。 返信
2022年9月より離婚の方向で話をしていました。相手方の行動が離婚への引き金となり話をしていましたが、9月末、留守の間に子供を連れ去り、LINEにて後は下記の弁護士までと。LINEがありました。その日に住民票を移し実家にいったようです。 申立がないようならこちらから申立しますとありましたので、こちらから離婚調停と面会交流調停を申立ました。 子供達は友達や先生とも会えず、楽しみにしていた運動会の参加もできませんでした。また誕生日会をやる予定(日付は相手方指定)でしたが祖父母がプレゼント、ケーキを用意しているのを知っていながらその日を指定してきました。しかし指定した二日前に連れ去りをしました。 なんの前触れもなく連れ去られ急な環境の変化を子供に強いるのは虐待です。 現在月に1回2時間ほど子供とは会えていますが、子供はお家(元いた家)に帰りたい。本物のジジとババに会いたいと言っています。大好きな祖父母にも会えない。自分の家に泊まる、行くことすら子供の希望は叶わないのが現実です。 連れ去り、実子誘拐は家族ぐるみの犯罪です。子供がどれだけ傷ついているのか。子供よりも自分が大事であるからこその行動だと私は考えます。 しかし調停では連れ去りについての話は何1つでず、お金の話だけでした。 離婚事案では子供の福祉を頂点に置いているのが家裁ではないのでしょうか。子供の福祉なんてものは一切なく、連れ去った親と弁護士の意見だけがまかり通っています。 緊急性のない最初の連れ去りは親子関係を断絶させる行為です。未成年略取誘拐が適用されるべきと考えます。 連れ去りによる辛い思いをする子供がいなくなりますように。 返信
自分…45歳 妻…42歳 長男…小5 長女…小3 ※令和4年12月31日現在 1,事件の経緯 令和3年 11月 妻がとあるミセスコンテストの全国大会(東京)に出場。その後12月中旬から年末にかけて、異業種交流会、忘年会等の理由でほぼ毎日夜間に外出、深夜2〜4時頃の帰宅、明朝の帰宅、子供も一緒に連れていき深夜12時過ぎに帰宅等。 令和3年12月 連日の忘年会とやらの初日の帰宅時、ふさぎ込んだような状態でおかしな様子が伺えた。 25日のクリスマスの日は自宅にいたが特に子供とパーティ等をするでもなく、早々と寝床に就いていた。結婚記念日でもあったが、その旨を告げても「ああ、そうだったね」と素っ気ない返事。 31日、すでに自宅に居る際は自室にこもっていることが多くなり、子供と同じ空間に居てもスマホをいじっている状態が多くなっていた。 食事の準備もあまりしなくなっていたこともあり、私が昼食を作っていた際、唐突に「結婚してから今まであなた(私)に愛情がなかった」という趣旨のことを告げられる。(ショックで寝込んで年越し) 妻は年越しカウントダウンイベントに出かける。子供達は妻の実家へ。 令和4年1月 元旦。朝帰りの妻と自宅にて話す。家庭のことや子供たちのことをおざなりにしながらの妻の行動に若干の疑問を感じながらも、愛する妻のやりたいことと思い、妻の家事育児をサポートしながら妻の行動を全て容認していたものの「愛のない人のサポートはできないので、そういうことであれば出ていってほしい」と告げる。割とすんなりと了解を得て、離婚協議が成立。 協議内容として、妻が自宅から引っ越して出て行き親権者は私と定めて父子家庭となる・妻は自宅の合鍵を持ち続けて出入りや宿泊の制限等は設けずに今まで通り子供達といつでも接することができる・養育費や慰謝料等、金銭の請求は一切しないが万が一生活が困窮するようなことがあれば相談させていただく等をお互いに確認、同意した。 妻はすぐに離婚届を提出しようと発言したが、書面に残しておいた方が良いと思い博多駅前行政書士総合法務事務所に離婚協議書の作成を依頼。 令和4年1月4日頃 協議成立後から妻が精神的に不安定になり始める。家事育児を放置気味になり、自室にこもっている時間が多くなる。私の通帳も全て預けて家計の管理を任せていたこともあり、公共料金の支払い等の引き継ぎの話等を進めていきたかったが、子供の目もあることも重なり、話ができない日が続いた。 令和4年1月6日 仕事から帰ると小学2年の娘が泣きながら冬休みの宿題をしていた。小学5年の息子と妻は風呂に入っていた。どうしたのか娘にたずねると「ママに一人で宿題やらなきゃ親権を取ってやらんと言われた」と発言。 令和4年1月12日頃 子供の夕食がインスタントラーメンや冷凍食品、ファーストフードといった状態が1週間ほど続く。 学校のことにも無関心で放置。体操服や上履き、給食用のお箸、学校からのお便り、宿題、明日の準備等、声掛けもしないので、全てを私が行うようになる。二学期の通知表の確認もせず、確認の印鑑は私が押印。 ある日、仕事を終えて20時頃帰宅した際、子供達だけを残して妻は外出していた。家を出ることが決まってから、いわゆる『夜のお仕事』水商売を始めたためである。 食事の用意もしていないまま外出していて、お腹が減っていた娘は給食のパンについている小袋のジャムをチューチュー吸っていた。急いで食事を準備し、それ以降、仕事を定時で切り上げさせていただき毎日食事の準備をする。 令和4年1月16日 10時から仕事に出かけた妻。帰宅は「19時30分から20時ぐらい」と言っていたが、私と子供達が就寝後の23時30分頃に帰宅。以前から時間にルーズで予告していた帰宅時間より大体2時間後に帰ってくる。 令和4年1月19日 仕事中に不動産会社から電話があった。妻が私を保証人にしてアパートを借りようとしていた。電話があることを聞いていなかった私は、突然の電話内容にいささか困惑し、不審そうになっていた電話相手方に「離婚協議中であまり会話をしていなかったので知りませんでした。でもアパートを借りることは知っているので保証人はOKですよ」と答える。結果、アパートは借りれなくなったが、一人で転居先を探していたことは事実である。 令和4年1月21日 妻に預けていた私の通帳(家計)。一人で出ていくのに必要な分だけ引き落として返してくれと伝えていたところ1月上旬に渋りながらも返してもらう。1月6日に50万円、1月7日に50万円引き出していた。少し多いけど、一人暮らしを始めるならそんなものかと思っていたら、1月15日頃に「私(妻)が出ていった後のこの家の家計を再計算したいからもう一度通帳を貸してくれる?」と言われる。理由がよく理解できなかったが、すでにまともな会話ができる状態じゃないと思っていたので再び妻へ通帳を渡す。 その後また通帳をなかなか返してくれなかったので、出勤前の朝にやや強めに返却を要求。返してもらったが、17日に更に50万円引き出しており、結果1月だけで150万円を引き出していた。 通帳を返してもらう際に口論になり、アパートを借りれなかったことで更に感情が不安定になっていた様子が伺えた。『子供を連れて実家に出て行く』ということを言っていたので、出勤後にすぐに義母に電話をして経緯を全て説明。義母は『離婚は仕方ない』『妻には家事育児は無理なので私が親権者になることに同意』と発言。 妻が子供達を連れて実家に来ても家に戻るように伝えてくださいとお願いしたところ、了承していただけた。 令和4年1月23日 妻から職場まで車で送って欲しいと言われて快諾。行きは妻が運転、帰りは私が運転。 通勤の車中にて、2日前の口論の際に私が言った『家にいる間ぐらいは時間通りに母親らしく行動してくれよ』の言葉で『反省した』と発言していたが、その後の行動は変わらず、翌日も私が仕事を終えて帰宅後はやはり一人で部屋に閉じこもり、子供達はリビングで過ごしていたが食事の準備はされていなかった。 令和4年1月27日 帰宅したら自宅に息子だけが残っていて、妻と娘の姿がなかった。 息子に事情を聞いたら、妻が娘にちょっとした注意をしたところ、娘が反論。そこから口論のようになり、最終的に妻が子供達を置いて荷物をまとめて家を出て行こうとした。 目の前で家を出て行こうとする自分の母親を目の前にした娘は、自分も一緒に行くと言い出し、結局二人で実家に出て行った。 息子に関しては「友達を大事にしたい。今の友達と一緒に学校に行きたいからここに残った」と言っていた。 LINEで義母にメッセージを送信すると『妻はそんなにおかしくなってない。落ち着いてください』等と返信が来て、家に帰すという約束を守られなかった。 令和4年1月28日 急遽、仕事を休み、相談ができるところに電話をかけまくる。 役所の弁護士相談に行ったところ、離婚調停の話を聞きすぐに家庭裁判所に向かい相談し、結果調停の申し立てをする。同時に子の引き渡し保全も申し立てる。 夜、指の怪我のために妻に病院に連れて行かれていた息子が、妻の両親と共に自宅に戻るも「やっぱり本当はママと一緒がいい」と告げられ、そのまま家を出る。 私に気を使って本心を隠していたのかとも思ったが、前日にしっかりと自分の考えを私に伝えていた様子を考えると妻の指示でそれを言わされた可能性もあると考えられ、不自然な部分があると後から感じた。 令和4年1月30日 自宅マンションの隣のアパートが空いている等の情報をLINEで送信してきたり、離婚協議内容とは真逆の『私が家から出て行け』というような主張や、間もなく振り込まれる子ども手当をくれと要求してくる。 仕方がないので、調停や保全の申し立てをしているので、お金のやり取りはそれ以降でということを伝えると激怒した様子。直接交流が難しい状態になる。 令和4年2月6日 義父は『子供達は私のところと妻のところを交代交代で』と提案していたが、全く守られることはなく、とりあえずこの日は別居後に初の面会交流。 義両親、同じマンションの隣の部屋に住む義姉・義姉の中学2年の娘・小学2年の息子らとともに外食する。義父より次回は11日と約束。 令和4年2月11日 当日になり、義父より『義母が自家用車を使っているので子供達を連れていけない』と面会交流を当日キャンセルされる。 以降は『子供達が会いたがっていない』『実家に来てから子供達は落ち着いている』等という理由で会わせてもらえない状態、親子断絶が続く。 すでに決まっていた離婚協議内容も『話し合って決めろ』等と『決まっていた』と伝えても聞かず、『中立に話を聞くよ』と言うので経緯を話し出すと途中で話を遮り『そういうのはちょっとわかんないけど…』と経緯を伝えることもできず、『男は仕事だけしていればいい』『金だけ出していればいい』『男に家事育児は無理』と家事育児をしながら仕事もしていたことを伝えても全く聞き入れず、義父との交渉は無理と判断。 調停の資料にて、義母が自身が入信している宗教のセミナーの勧誘を直接子供達にLINEメッセージで送信していることを提出したことにより、宗教を否定されたと勘違いした義母はこちらからの連絡を全て無視するようになり、話ができなくなったばかりか、陰で私のことを悪く言うようになる。 神奈川県に在住の義兄のみ、妻と義両親の行動は良くないと考えて私の相談に乗ってくれるが、義兄からの話も義両親は全く聞き入れてくれない。 隣に住む義姉は良くも悪くも全く無関心、無関与である。 令和4年2月14日 調停前の仮保全。 妻は時間に連絡無しに遅刻し、無言でぬーっと入室。 裁判官の質問に対し、無関係の自身の思い等を長々と主張、何度か裁判官に『質問の回答と違う』と制される。 審議中に携帯電話が鳴り注意される。 保全に関しては、子供達の健康状態に異常がないとのことで引き渡し等は認められず。 審議終了後、すぐに弁護士に事件処理を委任。 令和4年2月19日 毎日少しずつ妻や子供達の荷物が減っていたり、家族以外の人間が侵入した形跡があるとおもっていたら、仕事から帰宅後に自宅に娘を連れて義父が侵入し、妻の衣類等を回収に来ている場面に遭遇。 『いつになったら子供達を家に帰してくれるのか』を問いただしたり、土下座をしてお願いしても『今日は荷物を取りに来ただけだから』等と全く取り合ってくれなかった。 令和4年2月20日 妻の部屋より高額の買い物の領収証を大量に発見。確定申告用に取っていた様子。 ザッと50〜100万円分ぐらい。 同時に令和2年11月より、フリーランスとして個人事業の開業の届け出をしていたことが届出書にて発覚。領収証の件も個人事業の件も聞いていなかった。 令和4年2月27日 家族以外の侵入の形跡があり、家財が日に日になくなっているため、監視カメラを設置する。 令和4年3月8日 調停1回目。経緯の聞き取り。お互いの主張など。 令和4年3月14日 義母が自宅に侵入した様子が監視カメラに撮影される。 義母は娘が学校で使用するエプロンを取りに来たとの話だったが、それ以外にも下駄箱から数点靴を持ち出したり、用件と無関係の私の自室やトイレ・風呂・洗面所・リビングを覗くなどの行為も撮影されていた。 留守中に無断で侵入されるのは不快なので、当方の代理人弁護士経由で相手方窓口の義父に連絡。 今後、荷物の搬出などは事前に連絡をいただければ都度、対応するので無断での侵入はやめるように伝えてもらう。 令和4年3月16日 当方の代理人弁護士事務所にて、義父に事件の経緯や状況の説明・説得をする予定だったが、アポイント無しで急遽妻も一緒に事務所に乱入し、自身の主張を矢継ぎ早にまくし立てる。 結果、当初予定していた義父への説明等はできずに終わる。 令和4年3月20日 娘が自宅に泊まりに来る予定だったが、当日に義父からの連絡でキャンセルされる。 2日ぐらい前まで私と会うのを楽しみにしていて、LINEでしりとりなどをして遊んでいたのに急に会いたくないと言い出したとのこと。 令和4年3月30日 仕事中に警察から連絡が入る。妻の行動に不信感を抱き、同居中に車に設置していたGPSを妻が発見し通報したので、事情を聞きたいとのこと。 仕事を早退し、警察署に向かい事情を説明すると納得していただいたが、ストーカー法に触れる恐れがあるということで、申立書を一筆書かされる。 令和4年4月12日 義姉と義姉の娘と共に突然、息子が帰宅。2ヶ月ぶりの再開に感極まり涙を流しながら抱きしめた。 聞くと遠足に使うリュックサックを取りに来たとのことで、5分足らずではあったが交流できた。息子を自宅から連れてきたという義母は隣の義姉宅から出てこなかった。 令和4年4月15日 調停2回目。面会交流に関してだが、妻は議論すら拒否。話は義父としてくれの一点張りだが、肝心の義父は『子供達が会いたがっていない』の一点張りで話が進まず、調査官による調査を行う流れになる。 妻が毎月10万円の婚姻費用を請求し始める。 令和4年4月22日 私の実家の母が義両親宛に直筆で手紙を郵送。 今回の事件について『無関係の子供達を家に帰して、夫婦間の問題は本人達で話し合いをさせるべきではないか?』『義両親の意見をお伺いしたい』という内容を一切無視。 自分達宛の手紙であるにも関わらず、娘である妻に丸投げしたようで、妻から私の母に対して通常の画面では表示しきれないほど長文のLINEメッセージが送信される。 内容は自身の目線のみの身勝手な主張のみ。 母が反論メッセージを送信すると、すでにブロックされていた。 令和4年4月27日 子供達のメンタル面が心配なため、子供達の小学校のスクールカウンセラーと面談。 同居親の了承がないと子供達のカウンセリングはできないとの結果ではあったが、事情等は細かく聞いていただけた。 令和4年5月9日 家庭裁判所調査官調査開始。私の面接からスタート。 令和4年5月15日 義母に『いつになったら家族を家に帰してくれるのですか?』とLINEメッセージを送信するが無視。いわゆる既読スルー。 令和4年5月17日 調停3回目。自宅に残された領収証等から妻に浪費の傾向があることを知ったため、婚姻費用が子供達のために使われない可能性が考えられるため、妻の経済状況等を教えてもらうように主張。 また、実質子供達の監護に当たっているのは義母であるため、婚姻費用の支払いは義母に対して等を提案する。 令和4年5月19日 何気なく改めて妻に預けていた家計の通帳を確認したところ、通帳記入開始の令和2年7月より別居までの約1年半の間に通常の生活費として使用する範囲を大きく超えた莫大な金額の出金(使途不明金)が散見される。 合計786万6000円。 生活費、住宅ローン等の支出を考慮しても約500万円もの金額は使途不明である。 令和4年6月24日 調停4回目。妻の要求通り毎月10万円の婚姻費用の支払いが決定。 令和4年6月28日 勤務先より、スマートフォンにて監視カメラの映像を確認したところ、子供達が義姉に連れられて自宅に帰ってきている映像を確認。 義姉に電話すると、友達と自転車で遊びに行くと言って急遽学校から帰ってきたとのことで、もしかしたら会えるかもしれないと、仕事を定時で切り上げて帰宅。 自宅マンション前で息子と会う。 後に知ったことだが、息子はこの10日ほど前に調査官の面談にて私のことを非常に嫌悪しているような発言をしていたので、遭遇した瞬間はバツの悪そうな態度だったが、いざ話してみると以前と変わらない様子で短い時間ではあったが何気ない会話を交わすことができた。 令和4年7月8日 調査官調査報告書が届く、前述の通り息子は特に私に対してかなり厳しい発言をしていたが別居前の私と息子の関係性や、6月28日に会った時の様子から本心の発言ではないと判断。 令和4年7月12日 調停5回目。調査報告書の結果より、まずは面会交流を充実させることが重要との調停委員の見解結果だったが、妻は変わらず協議に応じる姿勢を見せず、義父と交渉しろとの一点張り。 義父は相変わらず『子供達が会いたがっていない』の一点張り。 進展せず。 令和4年9月13日 調停6回目。進展無し。 令和4年9月26日 個人事業として事業所得があるという理由で社会保険の扶養から外れていた妻に対し、私の勤め先に提出するための新たに加入した国民健康保険のコピーを請求し始めて約半年、やっとコピーを受け取る。自宅ポストに投函されていた。 確認すると交付年月日は令和4年8月1日。約5ヶ月間、健康保険に未加入の状態で生活をしていたことが発覚。 5月頃に調停にて『国民健康保険に加入している』と話していたことは虚偽だったことが発覚。 令和4年10月7日 娘が義姉に連れられて自宅に来たが、寝過ごしていて会えず。 令和4年10月9日 あまりにも状況が進展しないため、距離を取りたがっていた義姉に仕方なく相談する。 頻繁に連絡を取り合っている義兄からの情報や調査報告書通り、妻は子供達の監護を義母に頼り切っており、そのために義母は強いストレスを抱えて妻達に家から出ていくように伝えていることや、それが原因で頻繁に衝突し揉めていること、更にはそのせいで一度家出をしてきたことなどを知る。 妻は公団の申し込みにも落ちたり、出て行く場所がないことも教えてもらった。 義母も、子供達を家に帰せば済む話なのに矛盾した行動を取っている。 令和4年10月21日 調停7回目。突然の妻からの提案があった。 今後は毎日、子供達を下校後に自宅に帰宅させて過ごさせて、その後夕方頃に迎えに来て実家に連れて行く。条件として、監視カメラを外してこちらに渡せ。調停を取り下げろという提案。 監視カメラはすぐに外して代理人弁護士に預かってもらい、面会交流調停以外の調停を取り下げることにして、次の私の休みの10月24日から早速開始ということで話がまとまる。 令和4年10月24日 待てど暮らせど子供達が学校から帰ってこない。 さすがに遅いと思い、代理人弁護士経由で義父に連絡したところ『行けなくなった連絡をするのを忘れていた』『子供達はやはり会いたがっていない』と、変わらない主張でまたしても約束を破られる。 令和4年10月31日 いつまで経っても子供達との面会交流が実現しないことに痺れを切らし、せめて姿だけでも一目見ようと下校時間に小学校の門の前のコンビニ駐車場で待機していたところ、迎えに来た義母の車を発見。 私と子供達が会えないことを憂いていたり、子供達の監護でストレスを抱えていることを聞いていたので、少し義母と話してみようと車に近づいたときに丁度下校してきた子供達二人と遭遇。 下校後に自宅に帰ってくることになっていることを伝えると、義母もそんな話は知らないと発言。 妻や義父が説明して説得しているはずの子供達もその話を知らなかったため、この時点で義父の『ずっと説得はしているし、これからも説得していくから信用してほしい』という発言が嘘だったことが発覚する。 その後、義母が子供達にどうするかを確認すると二人共私に着いてきて約9ヶ月ぶりに自宅で交流することが実現した。 令和4年11月12日 子供達の運動会を観に行く。 義父と妻の姿を発見したが、見つかると揉めると思い距離を取って運動会を観覧。 令和4年11月15日 下校後に再び校門で待機していたが、その日は下校時間が通常よりも早かったために会えずじまい。 義母と直接会ったことにより、連絡が取り合えるようになったかと思いきや、やはり電話には出てくれず、義兄が確認してくれたところ、やはりまだ私と連絡を取ることは個人的な感情によって抵抗があるとのこと。 令和4年11月24日 この日も下校時間に校門前の駐車場で待機していると、迎えに来たのが妻本人だったため揉め事になってはいけないとすみやかに帰宅。 帰宅後に少し経ってから警察から電話があり、妻がコンビニ駐車場で私を見かけただけで警察に連絡したらしく、事情を説明する。 令和4年11月29日 調定8回目。年末調整のために今年度の妻の収入見込みを教えてもらったり、前回の調停での提案を守らなかったのはどういう理由なのか等を確認しようとしたところ、妻が激怒して協議が全く成立せず。 激怒の理由として、自宅から荷物を運び出す際は事前に連絡をするようにという約束を破り妻が11月25日に自宅に侵入した際に、自室を娘の部屋に模様替えされて自分の荷物が見当たらなかったことに対して『荷物を全部捨てられた』と主張。 妻の荷物に関しては、現在未使用の和室の押入れに全て閉まっていることを伝えても『捨てたに決まっている』と激怒して聞き入れず、離婚届を準備してきて『すぐに離婚しろ』『離婚しなければ子供とも会わせない』『勝手に記入して勝手に提出する』『親権者はそっちでいいからとにかく離婚だ』等と尋常ではない様子。 また、妻から取り下げろというので取り下げた離婚調停を『調停を申し立てる』『裁判だ』等と申立書も持参して喚き散らす始末で話にならなかった。 調停後にやや身の危険を感じたことと、約束を破って再び住居侵入をされたこと、そのためにカメラを外させる必要があったので守りもしない面会交流の提案をしてきたことなどがわかり、調停後に警察に相談に行く。 その後、自宅マンションのドアの鍵を急遽変更し、監視カメラも再び設置する。 令和4年12月31日現在 相変わらず進展なし。 2,相手方の問題点 【妻】 ・既に同意して成立していた離婚協議内容の反故(協議書作成途中での反故)。 ・配偶者の同意なき子の連れ去り・実子誘拐。 ・一方的なLINEメッセージでの主張(嫌がらせ)。 ・子供に『自分の意志で家を出てきた』等と言わせた動画を撮影して送信してくる(虐待・DV)。 ・コミュニケーション拒否(自室に籠もる・連絡遮断)。 ・無断での家財の持ち出しや、子供達の住民票の移動による強制的な生活基盤の形成。 ・婚姻関係はまだ続いていて私の扶養に入っている状態であるにも関わらず、勤務先に、提出する書類等の準備に非協力的。 ・別居親の悪口等による片親疎外。 ・子供達のスマートフォンを操作してLINEをブロックしたり等の意図的な親子断絶。 ・家計の使い込み786万6000円。 【義父】 ・嘘の発言やでまかせの発言ばかりする。 ・当日キャンセル等、何度も約束を破られている。 ・無断で住居侵入。家財の持ち出し。 ・実質、妻側の窓口なのにこちらから連絡しなければ連絡が来ない。 ・実子誘拐幇助。 【義母】 ・電話無視、LINEメッセージ無視。 ・無断での住居侵入。家財の持ち出し。 ・子供達への宗教活動への参加強制。 ・実子誘拐幇助。 3,10月31日の子供達の様子 隣の校区である妻の実家に連れて行かれてはいるがこれまで通学していた小学校に変わらずに車で送迎されて通学している。 9ヶ月ぶりに自宅に帰ることができた子供は、水を得た魚のごとくのびのびと遊び、また久しぶりの我が家を懐かしがり、家に帰りたいのにそれを言えない言い出せない状況で生活することを余儀なくされていることを感じた。 娘に関しては、『楽しい』と感情が口から無意識にこぼれ出したり、『家に帰ってきたかったらいつでもママに言うといいよ』の私の発言に対して『言えるわけ無いやろ…』と呟いたりして、その一言で子供達がどんな状況に置かれているか容易に想像することができ、妻よりも大人な感覚を持っていると感じた。 義母と約束した帰宅時間が迫っても、次々に『あれをしよう、これをしよう』と遊び出す子供達に私の方が焦ってしまうほどであり、やはり子供達は自宅に帰りたがっているのだと痛感した次第である。 子供達は父親である私と断絶されていることは元より、同じマンションや近隣に住む同じ小学校の友人達とも断絶されており、その友人達も子供達が帰ってくるのを待っている様子も伺えて心苦しくなる。 また、学校内の生活だけではなく、他の小学生達と同じように一緒に登下校したり、下校後に遊んだりということを通じて友情を育み人付き合いを学び、そんな仲間達と中学校卒業まで過ごして大人になっても何かあれば助け合えるような素晴らしい幼なじみの関係を築いていってほしいと切に願っている。 妻の個人的な感情による独断で、問答無用に無関係の子供達の生活環境まで変化させることは大変な間違いであるし、非常に罪深い行為であると感じている。 返信
私達はステップファミリーです。 私→小学生2人 妻→中学生1人 2人の間に現在3歳の子 ステップファミリーでしたが、私の子ども達は3歳の子とは仲良しでした。とても仲良く過ごしていました。 しかし度重なる妻との衝突で、私が限界を迎えました。 2021年に、離婚調停、後に離婚訴訟しました。 家庭裁判所で係争中、妻からは精神的DVを私や私の子ども達は受けていました。3歳の子と遊んでいても、家の中で引き離され、こちらのことはバイ菌扱いでした。 相手弁護士からも、早く監護権を決めましょうと連絡がありましたが、係争中にも関わらず子どもを含め、家具家電、可愛がっていた犬2匹まで連れて無断で出て行ったのです。 間抜けの殻になった家を最初に目の当たりにしたのは、私の子ども達。学校から帰ると何もなくなっている家。 どれほどショックを受けたでしょうか。 あれから1年以上経ちますが、一度も3歳の子と会えていません。 妻は私だけでなく、子ども達にも大きな傷を残しました。 絶対に許しません。 罰せられるべきなんです。 世の中には同じく辛い思いをしている方々が沢山いる。どうかしています。 返信
2022年10月に妻に娘を連れ去られました。 私たち家族は関東在住でしたが、連れ去られた場所は妻の実家の熊本県。 当初は1~2週間程度の帰省になるとの連絡を妻から受けていましたが、その約束は反故にされ、2022年11月上旬に突然弁護士からの封書が私宛に届き、当該弁護士が妻の代理人となった受任通知および妻からの離婚調停、婚姻費用調停申し立ての旨が記載されていました。更に私が離婚に応じるまでは娘に合わせるつもりはないという旨も記載がされていました。 2022年10月当時は確かに夫婦仲が悪化する出来事はありましたが、私からのDVや虐待に該当するようなことは一切ありません。妻が私の同意なく娘を誘拐し、婚姻費用という名の身代金を要求し、金を払わなければ娘には会わせないという状況は、家族の問題を超えた明らかな誘拐事件です。 2023年1月時点では、未だ娘とは会えておらず、電話すらできていない状況です。 所轄の警察署では一切民事には介入しないと断言されており、この状況に対してなす術がありません。 返信
2022年夏、私が仕事から帰ると妻と娘の姿がなく、2人の荷物がなくなっていました。置手紙があり、そこには出ていく旨と次の日に弁護士から書類が届くということが記載されていました。すぐに妻と妻の親に連絡を取りましたが無視をされ、妻の実家にも行きましたが誰もいませんでした。妻と妻の親による子の連れ去りでした。 後日届いた弁護士からの書類には、妻に連絡を取るなということと、離婚調停を申し立てるということが記載されていました。私はすぐに弁護士を探し、子の連れ戻し·監護者指定の審判と面会交流調停の申立を行い、係争中ですが、今のところ月1回の交流しか認められていません。連れ去られてすぐは、娘に会えない辛さから食欲もなく眠れず、自殺も考えました。娘を連れ去られて次に会えたのは2ヶ月後でした。仕事にはかろうじて行っていますが、現在もモチベーションは物凄く低い状態です。 娘はパパっ子だったので、私がいないことに違和感を感じていて、妻が無理矢理転園させた幼稚園も楽しくないようで、写っている写真は無表情で、子供らしさは一切ありません。現在、私だけでなく娘までも苦しい状態が続いています。 妻が行った連れ去り行為は、決して許されるべきものではなく、一刻も早く処罰されるべきだと思います。 返信
父親:47歳(私) 母親:48歳 息子:9歳 ※案件発生時(2018年3月) ◾︎経緯 ・私は別居親の父親です。 ・私にはDV、児童虐待はありません。母親である元妻にもDV、児童虐待はありません。 ・元妻は、夫婦関係の意見の対立があったことを受け、その後の私との協議を全面拒否し、ある日私への事前通告無く、子連れで家出をしました。 ・連絡先も私には一切連絡無く、まさに突然姿を消して所在不明となった形です。 ・元妻は子連れ出別居を開始した後、私を息子に会わせないと主張しました。 ・私が息子に会えない理由を彼女に何度も聞きましたが一度も理由を告げられたことはありませんでした。 ・元妻は連れ去りと同時に弁護士を立て、調停を起こしました。弁護士から私宛に送られてきた書状には全ての協議は調停の場で行うという旨が書いてありました。 ・そのまま2ヶ月経過し、協議の場は調停に移りましたが、調停で協議を行うと主張していた元妻はそこでも理由を告げずに親子面会交流を拒否し続けました。 ・調停の場で私が調停委員・調査官から言われたのは、私が息子と面会するのは同居親である元妻の監護権を侵害することになるため、そのままでは認められないとの話です。 ・その時点ではまだ婚姻中であり、私も親権者の一人ではありましたが、事前通告無く勝手に子連れで家出をした者にだけ監護権が認められ、ある時突然息子と会えなくされた者には何の権利も残らない状態となっていました。 ・調停の場で私は息子に会いたいことだけを主張しましたが、元妻は拒否の姿勢、理由を尋ねても無回答を続けました。彼女から示された面会交流の条件は、次のものでした。 1)息子には別居開始の真の理由を話さない 2)面会交流には同居母親である自分も同席する 3)面会交流場所は自宅は不可、宿泊も不可 4)時間と場所は同居親が指定する ・私にはそれに従う理由は無かったのですが、この条件を呑まない面会交流は実施しないとの主張を元妻が理由なく繰り返していて、調停委員も調査官も裁判官も彼女を説得出来なかったので、これら条件を全面的に受け入れて面会交流を実施することにしました。 ・調停の間中、私達夫婦がなぜ別居を開始したのか、なぜ私が息子に会えないのかの理由が確認されたことは一度もありませんでした。私が何度尋ねても、それは単なる私の愚痴程度にしか扱われず、調停協議の俎上に上ることは最後までありませんでした。 ・元妻は調停の場でも沈黙を続け半年以上を経過させました。そのまま調停が膠着状態に陥ったため何も進展が期待できないと裁判所に判断されてしまい、我々夫婦は裁判所から調停強制終結を告げられるに至りました。 ・事態改善が一切見込めないと感じた私は元妻の主張する条件を全面的に呑み調停を終結させる判断をしました(せざるを得なかった)。 ・そうして元妻が当初主張していた調停での協議は全く行われず、進行の遅い調停で時間稼ぎだけされ、私は何の主張も弁明もする機会を持てず全く不本意な形で離婚が成立しています。 ◾︎まとめ 上記ポイントだけまとめると次の通りとなります。この司法運用を変えてもらわないと片親が我が子を連れ去って反対片親に会わせないようにする、実質的な誘拐行為が無制限にできてしまいます。 ・同居親の主張だけで全ての法的な手続きが進行すること ・同居親の身勝手な行動が起点でも特に進行に制限はないこと ・その法的手続き進行に際して、何の理由の確認も検証もされないこと ・そのまま離婚に帰結し、別居親は自動的に親権を失うこと ・その間中ずっと別居親は我が子へのアクセスができず、片親による独占的な監護状態が確立してしまうこと ◾︎希望 単独親権制をとっている現状においては、離婚時にいずれかの片親を親権者に指定せねばならなくなっています。監護者指定においては監護の継続性という観点から判断するのが効率が良いのかも知れません。判断時の監護状態が法的根拠を持たず正当化の出来ない実力行使の自力救済行為によって開始されたものだとしても、開始時点に遡って事象の検証を行わない運用が行われているため、今のように我が子を誘拐するという行為が日本国内で横行しています。一日も早くこのような実力のみで我が子を奪い合うような制度運用は止め、正当に夫婦の離婚、そしてその離婚後の子育てについて協議できる制度運用への転換を希望します。 返信
妻は離婚の話合いがしたいと夫を自宅に呼びつけ話合い中に激高し「殺したい」と殺意を口にした。そばにあった手鏡を夫めがけて投げつけ、夫は恐ろしさのあまり110番通報した。さらにその日から夫への暴言・暴力を抑えられないという理由で20日間以上にわたり、交代でのホテル暮らしを夫に強いた。 別居後、子どもを当面交代監護しつつ落ち着いて夫婦間で話が出来る状況となった。それにも関わらず、わざわざ長女と夫が一緒にいるタイミングを狙って電話をかけ暴言で夫を挑発し、その時の夫の言動を記録し警察等の複数の公的機関を訪問、面前DVなどと主張した。これは後日、実施誘拐をすることをこの時点で計画しておりその布石である。つまり「DV夫から子どもを連れて避難する妻」というストーリーを自作自演するといういわばでっちあげDVである。 欺罔を用いて実子誘拐(連れ去り)を決行。この時長女は長期にわたり父親と引き離されるとは全く思っていなかった。つまら、妻は夫のみなならず長女も自らの欲望のために欺いたのである。その後、2度にわたり話合いを希望する夫を排除するため警察を悪用した。 弁護士から受任通知が届く ただし日付のところが手書きになっており、あらかじめ書面を準備しており子どもを確保の確認ができたので日付を手書きしたと強く推認される さらに子どもを確保し、絶対的に有利な立場を利用し夫を幼稚園から排斥しさらに話合いで決めることになっていた小学校も独断での入学手続きを強行した。また家庭裁判所に対しても調停申立てから現在に至るまで悪用を続けている。 返信
結婚1年目、「周りで離婚する人が多かったからなかなか子作りに積極的になれなかった。離婚した場合、子どもが不幸になると思った」的な事を妻にポロっと話した所、「そんな気持ちで結婚したのか!離婚だ!慰謝料1000万円払え!」と発狂。 その件は、悪いと思ったので謝り妻も了承。後に子どもも生まれ家も建てた。 結婚7年目「1000万円払わないなら離婚。」と突然言い出し、断った所翌日子どもを連れて別居開始。 義実家へ行った所、妻及び義父母から脅迫強要され慰謝料1000万円の念書を書かされる。 なお、私に不貞、暴力、虐待、借金など一般的に離婚を請求できる有責事由はなく、妻の離婚理由も「トイレのドアを開けっ放しにしたら注意された。」「肩幅が広いと言われた」など意味不明。 ・義父母は自らが持つ家以外の住所を妻に提供することで、支援措置が受けられるように幇助。 ・義父は警察OB、義母は元保育士、義兄は離婚後子供に会えていないという家族構成にも関わらず、子どもを誘拐し協力して 会わせない日を続けている。 ・妻及び義母については強要罪で告訴受理すると警察も言っているが、警察OBである義父は受理しないという隠蔽体質にも悩まされている。 ・子どもの運動会に行った所、警察が待ち構えており「あなたがくると業務妨害になる」と謎の理由で追い返される。 ・妻は連れ去られる心配があると主張しテレビ電話さえ拒否。 このような意味不明な状況でも、子どもに会わせなくてなんの問題もないと判断じてしまう警察、裁判所などこの国の制度はやはりおかしい。 返信
私は、私の両親と妻と子(2歳)と私の実家に住んでいました。 子供が歩ける様になった位から、妻と両親との関係性が冷たくなって来ました。 今となっては両親は何処が悪いのか不明のまま過ごしていたと言います。 親に冷たくされていい気持ちになる子はいません。 私はなぜなのか問いましたが、悪いことはしていない。冷たくしていないと言いました。 その言葉を信じていましたが、2021年、10月に妻が「土日に実家に行ってくる」と言い、了承しました。 私は外出していましたが、日曜日に外出中、母より電話で「○子さんが帰って来たが実家に戻ると言って出ていった」との連絡がありました。 私はすぐに連絡し、妻と市内のショッピングセンター で落ち合いました。 その際、妻にはどうしたのか?つらいのか?と話しましたが、何も言いません。 そして、両親との関係性が冷たく、私も何も言えなかったことに反省し、「実家を出て家を借りて3人で暮らそう。今は疲れているだろうし、実家に1週間ほど帰ってゆっくりしてください。俺も悪かった。」と言い、当面の生活費3万円ほど渡しました。 妻は何も言わず金銭を受け取り子を連れ実家に向かいました。 翌日、夜。一通のメールを受信しました。 「私は離婚したい」と。 そのメールを読んで連絡しましたが、妻は実家ではなく妹夫婦のアパートに泊まっていました。すぐにでも話したいと連絡しましたが、「子が寝ているからダメだ」と返信がありました。 その晩はそのまま市内のコンビニ駐車場で過ごし、朝9時からファミリーレストランで3人で会いました。 いくら話してもいくら謝っても彼女は離婚するの一点張りです。 離婚理由も「小さいことの積み重ね」しか言いません。これの繰り返しで15時までいましたが話はすすみません。 まずは義父に謝罪をしようとアパートに向かいました。 義父には会えましたが、「俺はさっき聞いた。よくわからないが今は帰ってくれ」と言われました。すぐに妻もアパートに戻って来ましたが、何も言いませんでした。 その後は日を改めて義母(義父と離婚後再婚)、妹夫婦に謝罪に行き「離婚したくない」との気持ちと、妻への謝罪を伝えました。その際は誰にも援助や仲立を頼んでいません。 しかし、彼女は以来、実家に住んでおり、2歳だった子も3歳になった直後、知らぬ間に幼稚園に入園させ、それから職を探し就職しております。 また、その間は彼女に生活費を渡しておりますが、かと言って連絡もして来ず、親子交流の連絡しか反応しません。 私と妻は喧嘩も暴力も暴言もなく過ごしていました。 しかしながら、現在、彼女は弁護士に依頼し、弁護士も受任通知意外、私からの連絡には反応をいたしません。 これより私の思う違法性を記載します。 ・話し合いなく別居をし、その後も明確な理由がなく現在に至っている(民法752条) ・面会の際は子供が「お家に帰りたい」「お父さんといたい」と子供の言ったことを無視、あるいはできないと言う。(児童虐待の防止等に関する法律第2条第4項) ・幼稚園の入園や、実家からの転居に関して独断で決定した。 (民法818条、民法820条、民法821条) ・当方宅を出、直後に離婚を申し出、未成年を掠取した。(刑法224条) ・弁護士に依頼し、生活費を上乗せする様迫った(刑法225条) 協議もなく、提案にも耳を貸さず離婚するの一点張りな状況は、別居親の家庭や人格を崩壊させるものであり、また、子の福祉を無視した自己都合な行動であり、許されるべきではありません。 残念ながら連れ去りは昼逃げと称し、推奨する弁護士が多くおり「子を連れて逃げたら勝ち」「離婚をしないで婚姻費用を長くもらえ」と教唆する証拠も出て来ており、社会を守らない弁護士が、離婚ビジネスと言われる問題や、片親の連れ去りと言った社会問題が顕著に発生しています。 これらは家族のためではなく、金銭や親権を得ようとすることが問題であり、制度を悪用しているものであります。 私の姉の知人に、離婚を決めた後にワザと3人目の子供を作り、その後連れ去った後で裁判等で5年戦い、離婚判決を勝ち取り、「働かないでいいほどのお金を得た」と自慢している女性がいるそうです。 これが現在、罷り通っているのです。 返信
令和4年7月中旬、仕事から帰ると通常なら在宅しているはずの2人の息子(4歳と2歳)と妻がいなかった。 テーブルに「しばらく考えたい、以降の連絡はここへ」と弁護士の電話番号が書かれたメモがあった。 すぐに書かれた番号へ電話したが、コール音→切電、コール音→切電をくり返されたのでやむなく110番した。 のんびりと現れた生活安全課の警察官は「あー奥さん出てっちゃったの。この番号にかけて、今後のこと相談したら。」と、その時点で安否が確認できていないにも関わらず、全く相手にしてくれなかった。 翌日拉致弁より連絡があり、委任されたので、直接妻へ連絡するな、との説明を受けた。 私もわずか3日後に、子の監護者指定審判、引き渡し、保全を申立ましたが、 第一回期日はなんと9月末。 この時点で家庭裁判所のやる気のなさが伺えます。 調査官調査もおざなりで、妻が主張している私のモラハラ(証拠ナシ、事実ナシ)についても調べない。 ただ、現状の監護状況に問題がないというだけで妻に対して監護者指定しました。 育児を手伝ってくれていた私の母も、 重度の適応障害となり、ほぼ廃人になりました。 私自身、子育てのために購入したローンの残った自宅も売却しないと恐らく養育費が払えません。人生がめちゃくちゃになりました。 裁判所、弁護士、共産主義者が日本の家庭破壊を進め、子どもたちの福祉環境が著しく低下しています。 子の違法連れ去りを厳罰化しないと、この状況は改善されません。 返信
令和4年8月18日 妻が我が子ども、五歳女の子三歳男の子を連れ去り実家へ出て行きました。一旦帰るという約束がいきなり家族会議をされ離婚と言われる。急な出来事に混乱し、お互いに出て行けと言ったケンカを伝えたが、とにかく離婚を伝えられここまでに至る。まず連れ去りをする時点で犯罪だということと、今まで幸せに暮らしていたのに何だったのかと。 とにかく今は法改正をしないと単独親権では連れ去りが日常茶飯事に行われる先進国ではありえない。とにかく連れ去りを厳罰化しないと離婚率も増えていく状況。 返信
令和3年5月4日、長男の空手の県大会でした。長男は県では一度も負けた事がない選手でした。私と一生懸命頑張って来ました。嫁はその事が気に入らなく度々、夫婦喧嘩をしていました。その日も口論から嫁ともみ合いとなりました。私は嫁の暴れる腕を掴かみ嫁は私にハンガーで何度も殴りつけてきました。それから5月9日まで普通に生活をしていました。その日も家族で昼食をした後、嫁と長女は図書館に行くと出かけ夜10時過ぎても帰らないので心配していました。そしたら突然7名に警察官が自宅に来ました。嫁は私が腕を掴んだ所、アザが出るのを待って警察に行って一方的DVされたと話をした事によって私は警察署で逮捕され、そのまま10日間の勾留されました。勿論、不起訴で釈放されました。その間に子供達は嫁の実家に行きました。後日、嫁の弟が私の自宅に押し付け子供達に会いたいなら謝罪が薄っぺらい!慰謝料2000万支払え!など訳の分からない言い掛かりを付けて来ました。勿論相手にはしませんでした。その後、嫁側から弁護士を付け多額の婚姻費用の調停の申し立て、こちらは面会交流調停を申し立てしましたが家庭裁判所は連れ去った側の言い分のみ聞き私の意見、気持ちは全く無視で面会交流は認められないと言われました。調停を一度取り下げましたら嫁は婚姻関係を利用し自宅に侵入、警察も親族相盗例だからと罪には問えない。やりたい放題状態です。現在、私名義の車を無断で名義変更した所を見つけ現在、有印私文書偽造罪、同行使罪、公正証書原本不実記載罪で刑事告発受理されています。嫁と嫁一族による警察機関を悪用した一方的DVに仕立て多額の婚姻費用の請求、虚偽だらけの弁護士を使った調停書面の連弾、親族相盗例を悪用した犯罪行為は絶対に許されない。 返信
ことの発端が家事育児をしない妻の不貞が発覚した事。 出産後半年程度から育児を半ば放棄する様な形で娘を避ける傾向が見られる 私の勤務中に娘を殴る ムカつくという理由で泣いてる娘を放置 娘の目の前で娘のご飯をゴミ箱に捨てる などなど、実際の暴力の他にも精神的な虐待も行う。 早く娘が手の掛からない年齢になって欲しい。 子どものせいで自分の女として価値を下げたくない。 仕事してるから育児なんて無理 などとんでも発言を繰り返す日々 不貞発覚後、協議離婚を目指して 慰謝料、親権など話し合いを行うが まともな話し合いはできず 娘を物として捉えているのか 自分の物だった娘が取られるのは嫌だと 急に親権を主張、養育費を請求し始める。 この状態で1ヶ月弱 年末に実家に帰るといいそのまま家具、家電、貯金数百万を盗み 娘を誘拐し他区のアパートへ引っ越す。 家を出ていくと同時に弁護士からの授任通知。計画的な側面が考察できた。 貯金を盗んで家を出ているのに お金がないという理由 連帯債務の住宅ローンなど 借金などは全てこちらに押し付けた挙句、養育費、婚姻費用を請求される。 自らの不貞で家庭を壊して 娘から友達、片親、住み慣れた環境を始め 全てを自己都合で奪っておいて平気な顔をしてる極悪人が裁かれない現状を憂いています。 返信
妻と子供が8か月前に私がDVをしたと行政に相談をして施設に連れて行かれました、私はDVはしていなく、出る前の日夜中に妻と子供が寝ていたのですが、子供が「生まれ来なければいいんだ、いない方がいいんだ」と5歳の子供が言うので飛び起き行ってみると妻はその対応もせず反対側を向いて携帯をいじっていて寝かせていない事に腹立てケンカになり叩いてしまいました。 それから3か月後に離婚調停の手紙が届き、今までで3回離婚調停をしています、初めは妻とやり直す事を考えていましたが、それまでの間に保護命令の発令(なんとか説明をして取り下げてもらいました)荷物の引き取りの際に色々と妻や子供の服などを買って渡しても何も音沙汰がなしの為、妻とのやり直しを諦め、子供と暮らすを前提に動いて行きたいと思うのですが、子供とは出て行ってから一度も会っていないですしどこにいるのかもわからない状態です。妻は精神疾患(ウチ病双極性2型障害)、浪費癖(昨年に60万、今年に総額100万の借金がありました)、ネグレクトや虐待(LINEでのやり取りや動画が一つ、近所の人からの証言)があります。 返信
非常につらい状況と思います。ご飯は食べていますか。眠れていますか。まずは心療内科へいってお薬をもらってください。また、弁護士に相談なさってください。警察にも連絡されましたか。早く解決することを願っています。 返信
あああ様 ご返信、そしてお気遣い、誠にありがとうございます。 5月中旬に精神科にかかり、うつ病と診断され、休職。現在は実家で療養中です(食事や睡眠は何とかとれています)。 連れ去り自体は、昨年末に起こりました。 妻の祖父母が予定なくやってきて、私が抱えていた子供を、妻に力づくで奪われ、続けて祖母が抱えていき、祖父の運転する車で妻の実家に帰っていきました。妻から帰り際に、「年明けには戻る」と言われましたが、嘘でした。 年が明けて、しばらくはパニック状態でしたが、弁護士に相談したところ、家裁は母親の味方なので、何をやっても解決しないと言われ、刑事告訴を勧められました。告訴状は2月に受理されました。しかし警察は何度連絡しても捜査に消極的で、現在も妻側への捜査を行っていないようです(5月アタマに公安委員会へ苦情届けを出しました)。 2月に妻の弁護士から調停(離婚・婚姻費用)の申し立てが来ました。3月に一回目が行われ、次は6月の予定です。 面会交流は、妻の弁護士の事務所で、弁護士監視の元、4月に一度だけ会えました。 4ヶ月ぶりでした。 子供の顔がかなり成長し、凛々しい”男の子”になっていたことにまず戸惑いました(私の中ではまだ赤ちゃんだったので)。成長の過程を見れなかったことの苦痛は形容しがたいです。 まだ1歳ということもあって、もう私のことをすっかり忘れているようで、抱こうとすると人見知りされ嫌がられてしまいました。昨年までの、普通に子供と接していた時にみせてくれていた子供の笑顔や笑い声が思い出され、かえって辛くなってしまいました。 そして、5月の面会交流は中止(子供が風邪をひいている、祖父母が嫌がっていると、色々理由を言われました)。その後の面会も未定。 そのタイミングでどん底まで突き落とされ、休職を余儀なくされました。 子供に会えなくし、婚姻費用や財産分与などの請求は容赦なく来る。 連れ去られた側を守る法律などが何もないことに愕然としました。 以上、長文失礼いたしました。 返信
相模原様 コメントが遅くなり申し訳ございません。 現在はご状況はお変わりないですか? こちらでは刑事告訴を支援することも可能です。 辛い状況かと存じますが、連れ去り被害者が手を繋ぎこの問題に向き合い少しでも前向きに生きられるよう情報交換をしましょう。 返信
出張から帰ったら、家具や妻子の姿がなく弁護士からの手紙だけ置いてありました。 現在は監護者指定保全処分と離婚の調停中です。裁判所調査官の連れ去りを敢行したことへの肯定、事実を捻じ曲げ母親有利に仕向ける対応に愕然としています。 皆様と情報交換したいと思っています。 よろしくお願いいたします。 返信
やま様へ 本当に大変でしょうが、そうなってしまうと、もう難しいと思います。連れ去った母親がどんなに酷い人間であろうと、被害者の父親がどんなに良い人間であろうと、そんなことは関係なしに、親子断絶が事務的に淡々と進みます(とりあえず、刑事告訴だけはしておいて下さい)。 私は、子供の写真も貰えず、面会もできず、子供に一生会えないと感じ、自殺を考えています。 そもそも連れ去りを行うような親が、面会交流に応じる訳がないのです。 返信
相模原様、TAKI様 返信遅れ申し訳ありません。ご連絡ありがとうございます。なかなか進展はありません。私はとても元気です。状況共有可能ですが、間違えて名前を書いてしまいました。前の投稿を取り消すことは可能ですか。 返信
やま様へ 不当な連れ去りの場合は犯罪にあたるので、身内であろうと告訴するのが人として自然なことだと私は思います。子供(子供の権利条約9条)と貴方(監護権)の人権が侵害されています。 ましてや、連れ去り被害者が増加の一途を辿る現在において、刑事告訴は、連れ去り被害者全員のためでもあると思います。告訴件数が増えれば、さすがに検察も無視できなくなってくると考えます。 警察や検察が母親を諭したり、母親に良心があるならば、その呵責に耐えられず反省して謝ってくるケースもあるらしいです。 また、告訴を取り下げてくれと向こうからお願いしてくる場合、取引条件(面会交流など)をこちらから提示することも可能です。 起訴となればもちろんですが(子供は貴方のもとに返ってきます)、起訴猶予でも違法性があると認識されるため、調停や裁判時に貴方に有利な材料として働くと考えられております。 刑事告訴によって、夫婦が高葛藤になることを恐れる必要は特に無いかと思います。なぜなら不当な連れ去りをしている時点で、既に婚姻関係は破綻しており、火は燃え盛っているからです。 なお、刑事告訴の期限は連れ去り発覚から六ヶ月以内、告訴は一度しかできません。 母親はきっと貴方が子供を捨てたとでも言うでしょう。そうしたら子供はきっと傷付きます(片親疎外症候群)。 さらに、連れ去りをしたという事実は、いくら母親が隠そうとしても、貴方が教えなくても、子供がいつか気づいてしまうらしいです。そのとき子供は母親さえも避けて不安定になってしまうかもしれまさん。 参考になれば幸いです。 返信
追加、失礼いたします。 考えが変わりはじめたので書き留めておきたく。 自殺を考えていましたがやめました。 子供のためにならないと思ったからです。 思えば、抜け殻になっている私は独りよがりでした。 全ては子供のためと考えること。 そのために何ができるか。 私たちには既に出来ていることがある。 それは連れ去りを自らしなかったことです。 それだけで自分を誇って良い。 だからくよくよと落ち込まず、子供のために何が出来るかを考えること。 まず、会えるようにすること。 そして、子供に「お前を見捨てたわけではない」と伝えること。 「お前が産まれるまえからずっと愛している」と伝えること。 私は残りの人生をかけてこの問題に取り組みます。 返信
sp49-97-13-103.msc.spmode.ne.jp 連れ去られた子供は、「もう一方の親は死んだ」「もう自分を愛していない」と聞かされることが多く、名前や外見を変えられることもある[9]。そのため、連れ去りは子供の精神に悪影響を及ぼす可能性がある(片親疎外・洗脳虐待/AC)[9]。連れ去られたことによる精神的ダメージは目には見えにくいが、子供の心に生涯消えない傷を残すことがあるため、片親疎外(PA)は児童虐待とされる[10]。 連れ去った後で23%の親が、子供への身体的虐待をしていたという調査がある[11]。 別居親に関われないことにより起こる愛着障害が、離婚家庭の子が将来離婚しやすくなる負の連鎖の大きな要因である。 (Wikipedia/親による子供の拉致/子供に与える影響) 返信
2024.1.7に1歳3ヶ月と6歳の娘達を夫家族に連れ去られました。モラハラに耐えかねて、子ども達を連れて兵庫県の実家に帰ったら、離婚を言い渡され、埼玉の自宅でこれまで通り子どもを通っていた幼稚園に通わせる、面会交流はさせる、と嘘をつき連れていきました。 その後、夫は夫の父親に連絡をとらせ、雲隠れ。勝手に私以外の住民票を移し、子どもを転園させ、自宅も私の荷物だけ残したまま売却の内覧をさせ、売却。一度も自宅に入ることを許さず、買主が決まってから引っ越し業者を頼んで荷物を移動させろ、と指示出し。荷物の大半は廃棄することになり。 実家に帰ってから2ヶ月間、私のカードや通帳は催促しても相手方が盗んだまま返さず。 約束の面会交流は行われず、養育費はいらないと言って連れ去ったにもかかわらず、こちらが面会交流と監護者指定の調停をおこしたら、弁護士をたてて、離婚調停と婚姻費用の請求をおこしてきました。 9ヶ月後、夫の自宅近くの児童館まで片道3時間かけて面会交流にいき、2時間、夫とその父の監視下にて面会交流。 翌月はテレビ電話1時間。 次は一ヶ月あいて、12月にまた向こうの自宅近くの児童館に行かねばならず。 次回の調停は2月で、家庭調査を行うから、それまでは向こうの言いなりになって向こうの提示してきた条件で面会交流するように、と調停委員。 こちらは月2回の宿泊付き面会交流を要求するも、相手方は拒否。 刑事告訴出来たのをこの記事をみて知りました。時間が経ってしまったので刑事告訴は難しいでしょうか? 毎朝、うなされて目が覚め、動悸がしています。 長女は離れる時に、ママが一番好きなの、だから行かない、と私にしがみつき、次女も泣き叫んでいました。 私が買ったランドセル姿をみることもなく、入学式にもいけず。 (ランドセル六万円は高い、と言われ、長女が希望していた色の型落ちを探し回りました) 何度も自殺を考えました。 返信
今年の夏に仕事から帰宅すると妻とこども3人の姿がありませんでした。 たまに連絡しますが、一切連絡はありませんでした。 自宅内の妻とこどもの荷物の大半はありませんでした。置き手紙があり、家を出ますとかかれていました。 その後警察に連絡するも捜索できないと言われました。 しばらく、精神的ショックから心療内科へ通いました。 いなくなって2週間ほどで保護命令の申し立てがありました。内容は身に覚えのないものばかりでした。義母に相談し、一部内容が嘘であることが証明することができました。また、妻の証言に一貫性のないことなどの理由から保護命令の申立は却下されました。 その後は奥さんの弁護士より離婚希望されていると通知がきており、親権と養育費、財産分与について希望されていると書かれていました。今なら慰謝料は希望しないなど、譲歩しているかのように書かれていましたが、慰謝料を払わなくてはいけないようなことはしていません。 こどもと会えないのが苦しい。 何のために、生きているのか、分からなくなりました。なんで現在も親権があるのに、会えないのか理解できません。 こどもとは父親だけでお泊まりすることもあるくらい仲が良い関係です。 なんで、このような片方の親だけ阻害されているのか、それを阻止できない法律になっているのが不思議でならない。 dvなどの事実がない場合の支援や救済などない。こどものためではなく、連れ去った親のための制度ばかり。 本当の被害者は誰なんだろう。 こどもや連れ去られた親だと思う。 こんなことがまかり通る今の日本にがっかりです。 共同親権が始まり、少しでも被害者が減ってほしい。 返信
★さん ご連絡が遅くなりすみません。 ご状況を伺う限り辛い経験をされてますね。これは連れ去りにあたりますので刑事告訴すれば受理される可能性は高いです。 後方支援させていただくことは可能ですがいかがでしょうか。 返信
小学校に上がる前にいきなり連れ去られました。
最初数カ月会えず、家裁での審判に影響すると判断した相手方が月1回、1時間の面会をスタート。
連れ去りの違法性は家裁では一切見ず、私も監護者として適切とされながらも相手方を監護者として結審。
理由は、現在の環境になれているからという有様。別居の理由は、教育方針の違いと書かれており到底納得できる内容ではありませんでした。
居住地も秘匿され、徐々に連絡も付かなくなり断絶状態になりました。
司法的手続きを踏まない身勝手な行動が認められ、連れ去られて司法的手続きを踏んだこちらはこの国のいい加減さ、理不尽さを痛感するだけでした。
この国で親権がなにを意味するのかわかりません。
2021年11月末に妻と2人で何年かぶりに食事に行くことになり、娘(当時3歳)を妻側実家に預けました。
「夜には娘を迎えに行くのでその間よろしくお願いいたします」と義理父に駅の改札前で預けたまま娘は帰ってきません。
妻側一家で計画的犯行で、私を外に連れ出している間に家に侵入し、家財、金品などを持ち出しており、家に帰ったらものけのからでした。
娘を迎えにいこうと妻側実家に行くと、義理父から「君はストーカー、警察呼ぶぞ!君はもう父親ではない」など非情な言葉を言われました。
その後、妻側弁護人から受任通知がきて、私も当時優秀な弁護人をつければ裁判で勝てると思い弁護人をつけましたが、裁判所の闇にはまり連れ去り側の擁護しかせず、1年以上が経過しました。
私に有責事由はなく、虚偽DV、性格の不一致、離婚したいからなど一方的に妻側の主張です。
連れ去れば裁判で勝てるという幇助をしている弁護人、連れ去りに関わった妻側親族は絶対に許せません。
連れ去り行為は共同親権以前の問題です。連れ去りを問題視して処罰しない限り共同親権が成り立つとは思えません。
nama
妻42
自分45
婚姻期間1年未満
子供0歳児
2022年11月3日に妻が実家に帰っている
時にLINEで、別居通告
2022年11月6日離婚届けを一週間以内によ要求
2022年11月9日住民票移動
2022年11月21日児童手当変更通知
2022年11月25日妻側弁護士受任通知
その間離婚理由、面会交流を要求
調停で話したいと回答
2022年12月27日、離婚調停
離婚理由は性格の不一致
子供に会わせたく無い理由は
自分に会いたく無いとの事
今後の流れで、刑事告訴を検討。
妻の行動に責任を。
宜しくお願いします。
2019、6月、仕事から戻るともぬけの殻状態、家族資金、子供の預貯金すべてのお金2000万以上とブランド鞄や時計等の金品を盗まれました。当時の子供の年齢は6.4.2歳の未成年3人です。
幼稚園や役所に確認後、相手側実家に迎えにいくと10数名以上の警察官に囲まれて任意連行されたが、虚偽DV.被害届や相談無し、シェルター逃げ無し。その時に初めて相手側弁護士がいる事を知る。元々、ネグレクトや育児放棄等、散財するダメ専業主婦でした。
そこから証拠集めし、
調停→審判→訴訟中。
相手側弁護士は金の事のみ
婚姻費用は決定したが、盗まれた金額が大きいので支払えない。
思考的面会で連れ去り10ケ月ぶりに1時間のみ。面会決定したが全く応じない姿勢で、すでに3年経過している。強制執行も決定したが金額が少なく意味ない状況。婚姻費用を支払っていない事が優先されて、盗まれた事は裁判所も認めない。訴訟中に身内3人亡くなったが、
全てにおいて無視されている。
子供を韓国に逃すと揶揄された事で精神的苦痛を受け通院中。
トータル4年目年明けに家庭裁判所にて判決予定。
高裁に行く覚悟ですが、裁判所、法、警察には期待していない。
当方弁護士は親身になってくれているが、本件以外には興味はない現状。
相手側は盗んだ金以外は普通の家柄なので金に余裕がありません。相手側が金が尽きるまで争うつもりです。元々、私の家族の金目当てだった結婚詐欺にあった感じです。
令和4年10月1日。
仕事から帰宅すると妻と子供の姿はなく、一部家財道具も無くなっていた。
連絡は取れたが「離婚したい。弁護士から連絡します。」との事。
その後の調べで事前に住民票を移し、保育園も退園していた。
10月5日、子供の2歳の誕生日。
プレゼントも用意していたし、お祝いをしてあげたい、会わせて欲しいと伝えるも無視。
保育園も誕生日会の準備をしてくれていた。
後日保育園に一人で謝罪しに行った。
妻にその旨を伝えるも「保育園側からしたらもう退園していて関係ないのにそんな事で時間を割いて迷惑でしかない。あなたの自己満足だ。」と心無い事を言われた。
私は当時、離婚も突然の事で嫌だったがそれ以上にあまりにも一方的に子供を連れ去り、話し合いにも応じないので子供を戻せ、会わせろと主張。
子供はせっかく友達ができ、先生達からも愛されて大好きな保育園を退園した事、子供から父親を奪う事は許されることでは無い。
子供の事を一番に考えて欲しい。と伝えるも「子供の事を一番に考えての行動だ。」と根拠のない主張をされる。
すぐに「子の引き渡し」「監護者指定」「保全申立」の3点セットを裁判所に申し立てた。
更には「面会交流調停」も申し立てた。
子供に会いたい旨を相手弁護士に毎日のように電話やメールで伝えた。
12月16日。
1時間だけ相手弁護士事務所にて会う事ができた。
お互いに抱きつき、我が子の温もりと柔らかさを感じた。
時間になり、帰る準備片付けを始めると2歳ながらに雰囲気を察し、袖をぎゅっと掴んで「ぱぱ…」と言う息子。
涙が止まらず最後にもう一度しっかりと抱きしめ、「すぐに会えるようにパパ頑張るから少しだけ我慢しててね。ごめんね。すぐにまた会えるよ。」と伝えた。
なかなか離れようとしない子供。
これは精神的DVであり、児童虐待だと相手弁護士に主張して帰ってきた。
現在調停中であるが2ヶ月に一度のペースなので話がなかなか進まない。
緊急性がある訳でもなく、正当な理由のない子供の連れ去り。
実際誘拐、親子断絶は非人道的行為であり決して許される事ではない。
夫婦間の事が上手くいかなくなり離婚するのは仕方ないが、まともな親であれば子供の事をちゃんと話し合い、子供の事を一番に考えてお互いが納得する結論を出さなくてはいけない。
私は突然子供を一方的に連れ去られ生きがいを失った。
また連れ去りは容認され、連れ戻すのは逮捕されると言う日本の理不尽な法律の運用方法に強く疑問を感じる。
日本の法律では現行で未成年略取誘拐罪があるが、現行では連れ戻しにのみ適用されている。
そもそも最初の連れ去りにこそ適用されるべきである。
実子誘拐は、片親疎外や子供への精神的虐待、その子供の片親へのDV、経済悪化、子供の人権侵害など様々な問題を引き起こす重大な犯罪です。
よく「誘拐には当たらない」など言って警察が「民事不介入」など言い、刑法224条の未成年者略取誘拐などで受理しなかったり、検事が起訴しないことも非常に多いと聞きますが、そのような対応では絶対にダメです。
そもそも親告罪で監護権を無理やり奪われているような状態で被害が甚大にも関わらず警察が動かないことは、決してあってはいけないと思います。
2022年9月より離婚の方向で話をしていました。相手方の行動が離婚への引き金となり話をしていましたが、9月末、留守の間に子供を連れ去り、LINEにて後は下記の弁護士までと。LINEがありました。その日に住民票を移し実家にいったようです。
申立がないようならこちらから申立しますとありましたので、こちらから離婚調停と面会交流調停を申立ました。
子供達は友達や先生とも会えず、楽しみにしていた運動会の参加もできませんでした。また誕生日会をやる予定(日付は相手方指定)でしたが祖父母がプレゼント、ケーキを用意しているのを知っていながらその日を指定してきました。しかし指定した二日前に連れ去りをしました。
なんの前触れもなく連れ去られ急な環境の変化を子供に強いるのは虐待です。
現在月に1回2時間ほど子供とは会えていますが、子供はお家(元いた家)に帰りたい。本物のジジとババに会いたいと言っています。大好きな祖父母にも会えない。自分の家に泊まる、行くことすら子供の希望は叶わないのが現実です。
連れ去り、実子誘拐は家族ぐるみの犯罪です。子供がどれだけ傷ついているのか。子供よりも自分が大事であるからこその行動だと私は考えます。
しかし調停では連れ去りについての話は何1つでず、お金の話だけでした。
離婚事案では子供の福祉を頂点に置いているのが家裁ではないのでしょうか。子供の福祉なんてものは一切なく、連れ去った親と弁護士の意見だけがまかり通っています。
緊急性のない最初の連れ去りは親子関係を断絶させる行為です。未成年略取誘拐が適用されるべきと考えます。
連れ去りによる辛い思いをする子供がいなくなりますように。
自分…45歳
妻…42歳
長男…小5
長女…小3
※令和4年12月31日現在
1,事件の経緯
令和3年 11月
妻がとあるミセスコンテストの全国大会(東京)に出場。その後12月中旬から年末にかけて、異業種交流会、忘年会等の理由でほぼ毎日夜間に外出、深夜2〜4時頃の帰宅、明朝の帰宅、子供も一緒に連れていき深夜12時過ぎに帰宅等。
令和3年12月
連日の忘年会とやらの初日の帰宅時、ふさぎ込んだような状態でおかしな様子が伺えた。
25日のクリスマスの日は自宅にいたが特に子供とパーティ等をするでもなく、早々と寝床に就いていた。結婚記念日でもあったが、その旨を告げても「ああ、そうだったね」と素っ気ない返事。
31日、すでに自宅に居る際は自室にこもっていることが多くなり、子供と同じ空間に居てもスマホをいじっている状態が多くなっていた。
食事の準備もあまりしなくなっていたこともあり、私が昼食を作っていた際、唐突に「結婚してから今まであなた(私)に愛情がなかった」という趣旨のことを告げられる。(ショックで寝込んで年越し)
妻は年越しカウントダウンイベントに出かける。子供達は妻の実家へ。
令和4年1月
元旦。朝帰りの妻と自宅にて話す。家庭のことや子供たちのことをおざなりにしながらの妻の行動に若干の疑問を感じながらも、愛する妻のやりたいことと思い、妻の家事育児をサポートしながら妻の行動を全て容認していたものの「愛のない人のサポートはできないので、そういうことであれば出ていってほしい」と告げる。割とすんなりと了解を得て、離婚協議が成立。
協議内容として、妻が自宅から引っ越して出て行き親権者は私と定めて父子家庭となる・妻は自宅の合鍵を持ち続けて出入りや宿泊の制限等は設けずに今まで通り子供達といつでも接することができる・養育費や慰謝料等、金銭の請求は一切しないが万が一生活が困窮するようなことがあれば相談させていただく等をお互いに確認、同意した。
妻はすぐに離婚届を提出しようと発言したが、書面に残しておいた方が良いと思い博多駅前行政書士総合法務事務所に離婚協議書の作成を依頼。
令和4年1月4日頃
協議成立後から妻が精神的に不安定になり始める。家事育児を放置気味になり、自室にこもっている時間が多くなる。私の通帳も全て預けて家計の管理を任せていたこともあり、公共料金の支払い等の引き継ぎの話等を進めていきたかったが、子供の目もあることも重なり、話ができない日が続いた。
令和4年1月6日
仕事から帰ると小学2年の娘が泣きながら冬休みの宿題をしていた。小学5年の息子と妻は風呂に入っていた。どうしたのか娘にたずねると「ママに一人で宿題やらなきゃ親権を取ってやらんと言われた」と発言。
令和4年1月12日頃
子供の夕食がインスタントラーメンや冷凍食品、ファーストフードといった状態が1週間ほど続く。
学校のことにも無関心で放置。体操服や上履き、給食用のお箸、学校からのお便り、宿題、明日の準備等、声掛けもしないので、全てを私が行うようになる。二学期の通知表の確認もせず、確認の印鑑は私が押印。
ある日、仕事を終えて20時頃帰宅した際、子供達だけを残して妻は外出していた。家を出ることが決まってから、いわゆる『夜のお仕事』水商売を始めたためである。
食事の用意もしていないまま外出していて、お腹が減っていた娘は給食のパンについている小袋のジャムをチューチュー吸っていた。急いで食事を準備し、それ以降、仕事を定時で切り上げさせていただき毎日食事の準備をする。
令和4年1月16日
10時から仕事に出かけた妻。帰宅は「19時30分から20時ぐらい」と言っていたが、私と子供達が就寝後の23時30分頃に帰宅。以前から時間にルーズで予告していた帰宅時間より大体2時間後に帰ってくる。
令和4年1月19日
仕事中に不動産会社から電話があった。妻が私を保証人にしてアパートを借りようとしていた。電話があることを聞いていなかった私は、突然の電話内容にいささか困惑し、不審そうになっていた電話相手方に「離婚協議中であまり会話をしていなかったので知りませんでした。でもアパートを借りることは知っているので保証人はOKですよ」と答える。結果、アパートは借りれなくなったが、一人で転居先を探していたことは事実である。
令和4年1月21日
妻に預けていた私の通帳(家計)。一人で出ていくのに必要な分だけ引き落として返してくれと伝えていたところ1月上旬に渋りながらも返してもらう。1月6日に50万円、1月7日に50万円引き出していた。少し多いけど、一人暮らしを始めるならそんなものかと思っていたら、1月15日頃に「私(妻)が出ていった後のこの家の家計を再計算したいからもう一度通帳を貸してくれる?」と言われる。理由がよく理解できなかったが、すでにまともな会話ができる状態じゃないと思っていたので再び妻へ通帳を渡す。
その後また通帳をなかなか返してくれなかったので、出勤前の朝にやや強めに返却を要求。返してもらったが、17日に更に50万円引き出しており、結果1月だけで150万円を引き出していた。
通帳を返してもらう際に口論になり、アパートを借りれなかったことで更に感情が不安定になっていた様子が伺えた。『子供を連れて実家に出て行く』ということを言っていたので、出勤後にすぐに義母に電話をして経緯を全て説明。義母は『離婚は仕方ない』『妻には家事育児は無理なので私が親権者になることに同意』と発言。
妻が子供達を連れて実家に来ても家に戻るように伝えてくださいとお願いしたところ、了承していただけた。
令和4年1月23日
妻から職場まで車で送って欲しいと言われて快諾。行きは妻が運転、帰りは私が運転。
通勤の車中にて、2日前の口論の際に私が言った『家にいる間ぐらいは時間通りに母親らしく行動してくれよ』の言葉で『反省した』と発言していたが、その後の行動は変わらず、翌日も私が仕事を終えて帰宅後はやはり一人で部屋に閉じこもり、子供達はリビングで過ごしていたが食事の準備はされていなかった。
令和4年1月27日
帰宅したら自宅に息子だけが残っていて、妻と娘の姿がなかった。
息子に事情を聞いたら、妻が娘にちょっとした注意をしたところ、娘が反論。そこから口論のようになり、最終的に妻が子供達を置いて荷物をまとめて家を出て行こうとした。
目の前で家を出て行こうとする自分の母親を目の前にした娘は、自分も一緒に行くと言い出し、結局二人で実家に出て行った。
息子に関しては「友達を大事にしたい。今の友達と一緒に学校に行きたいからここに残った」と言っていた。
LINEで義母にメッセージを送信すると『妻はそんなにおかしくなってない。落ち着いてください』等と返信が来て、家に帰すという約束を守られなかった。
令和4年1月28日
急遽、仕事を休み、相談ができるところに電話をかけまくる。
役所の弁護士相談に行ったところ、離婚調停の話を聞きすぐに家庭裁判所に向かい相談し、結果調停の申し立てをする。同時に子の引き渡し保全も申し立てる。
夜、指の怪我のために妻に病院に連れて行かれていた息子が、妻の両親と共に自宅に戻るも「やっぱり本当はママと一緒がいい」と告げられ、そのまま家を出る。
私に気を使って本心を隠していたのかとも思ったが、前日にしっかりと自分の考えを私に伝えていた様子を考えると妻の指示でそれを言わされた可能性もあると考えられ、不自然な部分があると後から感じた。
令和4年1月30日
自宅マンションの隣のアパートが空いている等の情報をLINEで送信してきたり、離婚協議内容とは真逆の『私が家から出て行け』というような主張や、間もなく振り込まれる子ども手当をくれと要求してくる。
仕方がないので、調停や保全の申し立てをしているので、お金のやり取りはそれ以降でということを伝えると激怒した様子。直接交流が難しい状態になる。
令和4年2月6日
義父は『子供達は私のところと妻のところを交代交代で』と提案していたが、全く守られることはなく、とりあえずこの日は別居後に初の面会交流。
義両親、同じマンションの隣の部屋に住む義姉・義姉の中学2年の娘・小学2年の息子らとともに外食する。義父より次回は11日と約束。
令和4年2月11日
当日になり、義父より『義母が自家用車を使っているので子供達を連れていけない』と面会交流を当日キャンセルされる。
以降は『子供達が会いたがっていない』『実家に来てから子供達は落ち着いている』等という理由で会わせてもらえない状態、親子断絶が続く。
すでに決まっていた離婚協議内容も『話し合って決めろ』等と『決まっていた』と伝えても聞かず、『中立に話を聞くよ』と言うので経緯を話し出すと途中で話を遮り『そういうのはちょっとわかんないけど…』と経緯を伝えることもできず、『男は仕事だけしていればいい』『金だけ出していればいい』『男に家事育児は無理』と家事育児をしながら仕事もしていたことを伝えても全く聞き入れず、義父との交渉は無理と判断。
調停の資料にて、義母が自身が入信している宗教のセミナーの勧誘を直接子供達にLINEメッセージで送信していることを提出したことにより、宗教を否定されたと勘違いした義母はこちらからの連絡を全て無視するようになり、話ができなくなったばかりか、陰で私のことを悪く言うようになる。
神奈川県に在住の義兄のみ、妻と義両親の行動は良くないと考えて私の相談に乗ってくれるが、義兄からの話も義両親は全く聞き入れてくれない。
隣に住む義姉は良くも悪くも全く無関心、無関与である。
令和4年2月14日
調停前の仮保全。
妻は時間に連絡無しに遅刻し、無言でぬーっと入室。
裁判官の質問に対し、無関係の自身の思い等を長々と主張、何度か裁判官に『質問の回答と違う』と制される。
審議中に携帯電話が鳴り注意される。
保全に関しては、子供達の健康状態に異常がないとのことで引き渡し等は認められず。
審議終了後、すぐに弁護士に事件処理を委任。
令和4年2月19日
毎日少しずつ妻や子供達の荷物が減っていたり、家族以外の人間が侵入した形跡があるとおもっていたら、仕事から帰宅後に自宅に娘を連れて義父が侵入し、妻の衣類等を回収に来ている場面に遭遇。
『いつになったら子供達を家に帰してくれるのか』を問いただしたり、土下座をしてお願いしても『今日は荷物を取りに来ただけだから』等と全く取り合ってくれなかった。
令和4年2月20日
妻の部屋より高額の買い物の領収証を大量に発見。確定申告用に取っていた様子。
ザッと50〜100万円分ぐらい。
同時に令和2年11月より、フリーランスとして個人事業の開業の届け出をしていたことが届出書にて発覚。領収証の件も個人事業の件も聞いていなかった。
令和4年2月27日
家族以外の侵入の形跡があり、家財が日に日になくなっているため、監視カメラを設置する。
令和4年3月8日
調停1回目。経緯の聞き取り。お互いの主張など。
令和4年3月14日
義母が自宅に侵入した様子が監視カメラに撮影される。
義母は娘が学校で使用するエプロンを取りに来たとの話だったが、それ以外にも下駄箱から数点靴を持ち出したり、用件と無関係の私の自室やトイレ・風呂・洗面所・リビングを覗くなどの行為も撮影されていた。
留守中に無断で侵入されるのは不快なので、当方の代理人弁護士経由で相手方窓口の義父に連絡。
今後、荷物の搬出などは事前に連絡をいただければ都度、対応するので無断での侵入はやめるように伝えてもらう。
令和4年3月16日
当方の代理人弁護士事務所にて、義父に事件の経緯や状況の説明・説得をする予定だったが、アポイント無しで急遽妻も一緒に事務所に乱入し、自身の主張を矢継ぎ早にまくし立てる。
結果、当初予定していた義父への説明等はできずに終わる。
令和4年3月20日
娘が自宅に泊まりに来る予定だったが、当日に義父からの連絡でキャンセルされる。
2日ぐらい前まで私と会うのを楽しみにしていて、LINEでしりとりなどをして遊んでいたのに急に会いたくないと言い出したとのこと。
令和4年3月30日
仕事中に警察から連絡が入る。妻の行動に不信感を抱き、同居中に車に設置していたGPSを妻が発見し通報したので、事情を聞きたいとのこと。
仕事を早退し、警察署に向かい事情を説明すると納得していただいたが、ストーカー法に触れる恐れがあるということで、申立書を一筆書かされる。
令和4年4月12日
義姉と義姉の娘と共に突然、息子が帰宅。2ヶ月ぶりの再開に感極まり涙を流しながら抱きしめた。
聞くと遠足に使うリュックサックを取りに来たとのことで、5分足らずではあったが交流できた。息子を自宅から連れてきたという義母は隣の義姉宅から出てこなかった。
令和4年4月15日
調停2回目。面会交流に関してだが、妻は議論すら拒否。話は義父としてくれの一点張りだが、肝心の義父は『子供達が会いたがっていない』の一点張りで話が進まず、調査官による調査を行う流れになる。
妻が毎月10万円の婚姻費用を請求し始める。
令和4年4月22日
私の実家の母が義両親宛に直筆で手紙を郵送。
今回の事件について『無関係の子供達を家に帰して、夫婦間の問題は本人達で話し合いをさせるべきではないか?』『義両親の意見をお伺いしたい』という内容を一切無視。
自分達宛の手紙であるにも関わらず、娘である妻に丸投げしたようで、妻から私の母に対して通常の画面では表示しきれないほど長文のLINEメッセージが送信される。
内容は自身の目線のみの身勝手な主張のみ。
母が反論メッセージを送信すると、すでにブロックされていた。
令和4年4月27日
子供達のメンタル面が心配なため、子供達の小学校のスクールカウンセラーと面談。
同居親の了承がないと子供達のカウンセリングはできないとの結果ではあったが、事情等は細かく聞いていただけた。
令和4年5月9日
家庭裁判所調査官調査開始。私の面接からスタート。
令和4年5月15日
義母に『いつになったら家族を家に帰してくれるのですか?』とLINEメッセージを送信するが無視。いわゆる既読スルー。
令和4年5月17日
調停3回目。自宅に残された領収証等から妻に浪費の傾向があることを知ったため、婚姻費用が子供達のために使われない可能性が考えられるため、妻の経済状況等を教えてもらうように主張。
また、実質子供達の監護に当たっているのは義母であるため、婚姻費用の支払いは義母に対して等を提案する。
令和4年5月19日
何気なく改めて妻に預けていた家計の通帳を確認したところ、通帳記入開始の令和2年7月より別居までの約1年半の間に通常の生活費として使用する範囲を大きく超えた莫大な金額の出金(使途不明金)が散見される。
合計786万6000円。
生活費、住宅ローン等の支出を考慮しても約500万円もの金額は使途不明である。
令和4年6月24日
調停4回目。妻の要求通り毎月10万円の婚姻費用の支払いが決定。
令和4年6月28日
勤務先より、スマートフォンにて監視カメラの映像を確認したところ、子供達が義姉に連れられて自宅に帰ってきている映像を確認。
義姉に電話すると、友達と自転車で遊びに行くと言って急遽学校から帰ってきたとのことで、もしかしたら会えるかもしれないと、仕事を定時で切り上げて帰宅。
自宅マンション前で息子と会う。
後に知ったことだが、息子はこの10日ほど前に調査官の面談にて私のことを非常に嫌悪しているような発言をしていたので、遭遇した瞬間はバツの悪そうな態度だったが、いざ話してみると以前と変わらない様子で短い時間ではあったが何気ない会話を交わすことができた。
令和4年7月8日
調査官調査報告書が届く、前述の通り息子は特に私に対してかなり厳しい発言をしていたが別居前の私と息子の関係性や、6月28日に会った時の様子から本心の発言ではないと判断。
令和4年7月12日
調停5回目。調査報告書の結果より、まずは面会交流を充実させることが重要との調停委員の見解結果だったが、妻は変わらず協議に応じる姿勢を見せず、義父と交渉しろとの一点張り。
義父は相変わらず『子供達が会いたがっていない』の一点張り。
進展せず。
令和4年9月13日
調停6回目。進展無し。
令和4年9月26日
個人事業として事業所得があるという理由で社会保険の扶養から外れていた妻に対し、私の勤め先に提出するための新たに加入した国民健康保険のコピーを請求し始めて約半年、やっとコピーを受け取る。自宅ポストに投函されていた。
確認すると交付年月日は令和4年8月1日。約5ヶ月間、健康保険に未加入の状態で生活をしていたことが発覚。
5月頃に調停にて『国民健康保険に加入している』と話していたことは虚偽だったことが発覚。
令和4年10月7日
娘が義姉に連れられて自宅に来たが、寝過ごしていて会えず。
令和4年10月9日
あまりにも状況が進展しないため、距離を取りたがっていた義姉に仕方なく相談する。
頻繁に連絡を取り合っている義兄からの情報や調査報告書通り、妻は子供達の監護を義母に頼り切っており、そのために義母は強いストレスを抱えて妻達に家から出ていくように伝えていることや、それが原因で頻繁に衝突し揉めていること、更にはそのせいで一度家出をしてきたことなどを知る。
妻は公団の申し込みにも落ちたり、出て行く場所がないことも教えてもらった。
義母も、子供達を家に帰せば済む話なのに矛盾した行動を取っている。
令和4年10月21日
調停7回目。突然の妻からの提案があった。
今後は毎日、子供達を下校後に自宅に帰宅させて過ごさせて、その後夕方頃に迎えに来て実家に連れて行く。条件として、監視カメラを外してこちらに渡せ。調停を取り下げろという提案。
監視カメラはすぐに外して代理人弁護士に預かってもらい、面会交流調停以外の調停を取り下げることにして、次の私の休みの10月24日から早速開始ということで話がまとまる。
令和4年10月24日
待てど暮らせど子供達が学校から帰ってこない。
さすがに遅いと思い、代理人弁護士経由で義父に連絡したところ『行けなくなった連絡をするのを忘れていた』『子供達はやはり会いたがっていない』と、変わらない主張でまたしても約束を破られる。
令和4年10月31日
いつまで経っても子供達との面会交流が実現しないことに痺れを切らし、せめて姿だけでも一目見ようと下校時間に小学校の門の前のコンビニ駐車場で待機していたところ、迎えに来た義母の車を発見。
私と子供達が会えないことを憂いていたり、子供達の監護でストレスを抱えていることを聞いていたので、少し義母と話してみようと車に近づいたときに丁度下校してきた子供達二人と遭遇。
下校後に自宅に帰ってくることになっていることを伝えると、義母もそんな話は知らないと発言。
妻や義父が説明して説得しているはずの子供達もその話を知らなかったため、この時点で義父の『ずっと説得はしているし、これからも説得していくから信用してほしい』という発言が嘘だったことが発覚する。
その後、義母が子供達にどうするかを確認すると二人共私に着いてきて約9ヶ月ぶりに自宅で交流することが実現した。
令和4年11月12日
子供達の運動会を観に行く。
義父と妻の姿を発見したが、見つかると揉めると思い距離を取って運動会を観覧。
令和4年11月15日
下校後に再び校門で待機していたが、その日は下校時間が通常よりも早かったために会えずじまい。
義母と直接会ったことにより、連絡が取り合えるようになったかと思いきや、やはり電話には出てくれず、義兄が確認してくれたところ、やはりまだ私と連絡を取ることは個人的な感情によって抵抗があるとのこと。
令和4年11月24日
この日も下校時間に校門前の駐車場で待機していると、迎えに来たのが妻本人だったため揉め事になってはいけないとすみやかに帰宅。
帰宅後に少し経ってから警察から電話があり、妻がコンビニ駐車場で私を見かけただけで警察に連絡したらしく、事情を説明する。
令和4年11月29日
調定8回目。年末調整のために今年度の妻の収入見込みを教えてもらったり、前回の調停での提案を守らなかったのはどういう理由なのか等を確認しようとしたところ、妻が激怒して協議が全く成立せず。
激怒の理由として、自宅から荷物を運び出す際は事前に連絡をするようにという約束を破り妻が11月25日に自宅に侵入した際に、自室を娘の部屋に模様替えされて自分の荷物が見当たらなかったことに対して『荷物を全部捨てられた』と主張。
妻の荷物に関しては、現在未使用の和室の押入れに全て閉まっていることを伝えても『捨てたに決まっている』と激怒して聞き入れず、離婚届を準備してきて『すぐに離婚しろ』『離婚しなければ子供とも会わせない』『勝手に記入して勝手に提出する』『親権者はそっちでいいからとにかく離婚だ』等と尋常ではない様子。
また、妻から取り下げろというので取り下げた離婚調停を『調停を申し立てる』『裁判だ』等と申立書も持参して喚き散らす始末で話にならなかった。
調停後にやや身の危険を感じたことと、約束を破って再び住居侵入をされたこと、そのためにカメラを外させる必要があったので守りもしない面会交流の提案をしてきたことなどがわかり、調停後に警察に相談に行く。
その後、自宅マンションのドアの鍵を急遽変更し、監視カメラも再び設置する。
令和4年12月31日現在
相変わらず進展なし。
2,相手方の問題点
【妻】
・既に同意して成立していた離婚協議内容の反故(協議書作成途中での反故)。
・配偶者の同意なき子の連れ去り・実子誘拐。
・一方的なLINEメッセージでの主張(嫌がらせ)。
・子供に『自分の意志で家を出てきた』等と言わせた動画を撮影して送信してくる(虐待・DV)。
・コミュニケーション拒否(自室に籠もる・連絡遮断)。
・無断での家財の持ち出しや、子供達の住民票の移動による強制的な生活基盤の形成。
・婚姻関係はまだ続いていて私の扶養に入っている状態であるにも関わらず、勤務先に、提出する書類等の準備に非協力的。
・別居親の悪口等による片親疎外。
・子供達のスマートフォンを操作してLINEをブロックしたり等の意図的な親子断絶。
・家計の使い込み786万6000円。
【義父】
・嘘の発言やでまかせの発言ばかりする。
・当日キャンセル等、何度も約束を破られている。
・無断で住居侵入。家財の持ち出し。
・実質、妻側の窓口なのにこちらから連絡しなければ連絡が来ない。
・実子誘拐幇助。
【義母】
・電話無視、LINEメッセージ無視。
・無断での住居侵入。家財の持ち出し。
・子供達への宗教活動への参加強制。
・実子誘拐幇助。
3,10月31日の子供達の様子
隣の校区である妻の実家に連れて行かれてはいるがこれまで通学していた小学校に変わらずに車で送迎されて通学している。
9ヶ月ぶりに自宅に帰ることができた子供は、水を得た魚のごとくのびのびと遊び、また久しぶりの我が家を懐かしがり、家に帰りたいのにそれを言えない言い出せない状況で生活することを余儀なくされていることを感じた。
娘に関しては、『楽しい』と感情が口から無意識にこぼれ出したり、『家に帰ってきたかったらいつでもママに言うといいよ』の私の発言に対して『言えるわけ無いやろ…』と呟いたりして、その一言で子供達がどんな状況に置かれているか容易に想像することができ、妻よりも大人な感覚を持っていると感じた。
義母と約束した帰宅時間が迫っても、次々に『あれをしよう、これをしよう』と遊び出す子供達に私の方が焦ってしまうほどであり、やはり子供達は自宅に帰りたがっているのだと痛感した次第である。
子供達は父親である私と断絶されていることは元より、同じマンションや近隣に住む同じ小学校の友人達とも断絶されており、その友人達も子供達が帰ってくるのを待っている様子も伺えて心苦しくなる。
また、学校内の生活だけではなく、他の小学生達と同じように一緒に登下校したり、下校後に遊んだりということを通じて友情を育み人付き合いを学び、そんな仲間達と中学校卒業まで過ごして大人になっても何かあれば助け合えるような素晴らしい幼なじみの関係を築いていってほしいと切に願っている。
妻の個人的な感情による独断で、問答無用に無関係の子供達の生活環境まで変化させることは大変な間違いであるし、非常に罪深い行為であると感じている。
私達はステップファミリーです。
私→小学生2人
妻→中学生1人
2人の間に現在3歳の子
ステップファミリーでしたが、私の子ども達は3歳の子とは仲良しでした。とても仲良く過ごしていました。
しかし度重なる妻との衝突で、私が限界を迎えました。
2021年に、離婚調停、後に離婚訴訟しました。
家庭裁判所で係争中、妻からは精神的DVを私や私の子ども達は受けていました。3歳の子と遊んでいても、家の中で引き離され、こちらのことはバイ菌扱いでした。
相手弁護士からも、早く監護権を決めましょうと連絡がありましたが、係争中にも関わらず子どもを含め、家具家電、可愛がっていた犬2匹まで連れて無断で出て行ったのです。
間抜けの殻になった家を最初に目の当たりにしたのは、私の子ども達。学校から帰ると何もなくなっている家。
どれほどショックを受けたでしょうか。
あれから1年以上経ちますが、一度も3歳の子と会えていません。
妻は私だけでなく、子ども達にも大きな傷を残しました。
絶対に許しません。
罰せられるべきなんです。
世の中には同じく辛い思いをしている方々が沢山いる。どうかしています。
2022年10月に妻に娘を連れ去られました。
私たち家族は関東在住でしたが、連れ去られた場所は妻の実家の熊本県。
当初は1~2週間程度の帰省になるとの連絡を妻から受けていましたが、その約束は反故にされ、2022年11月上旬に突然弁護士からの封書が私宛に届き、当該弁護士が妻の代理人となった受任通知および妻からの離婚調停、婚姻費用調停申し立ての旨が記載されていました。更に私が離婚に応じるまでは娘に合わせるつもりはないという旨も記載がされていました。
2022年10月当時は確かに夫婦仲が悪化する出来事はありましたが、私からのDVや虐待に該当するようなことは一切ありません。妻が私の同意なく娘を誘拐し、婚姻費用という名の身代金を要求し、金を払わなければ娘には会わせないという状況は、家族の問題を超えた明らかな誘拐事件です。
2023年1月時点では、未だ娘とは会えておらず、電話すらできていない状況です。
所轄の警察署では一切民事には介入しないと断言されており、この状況に対してなす術がありません。
2022年夏、私が仕事から帰ると妻と娘の姿がなく、2人の荷物がなくなっていました。置手紙があり、そこには出ていく旨と次の日に弁護士から書類が届くということが記載されていました。すぐに妻と妻の親に連絡を取りましたが無視をされ、妻の実家にも行きましたが誰もいませんでした。妻と妻の親による子の連れ去りでした。
後日届いた弁護士からの書類には、妻に連絡を取るなということと、離婚調停を申し立てるということが記載されていました。私はすぐに弁護士を探し、子の連れ戻し·監護者指定の審判と面会交流調停の申立を行い、係争中ですが、今のところ月1回の交流しか認められていません。連れ去られてすぐは、娘に会えない辛さから食欲もなく眠れず、自殺も考えました。娘を連れ去られて次に会えたのは2ヶ月後でした。仕事にはかろうじて行っていますが、現在もモチベーションは物凄く低い状態です。
娘はパパっ子だったので、私がいないことに違和感を感じていて、妻が無理矢理転園させた幼稚園も楽しくないようで、写っている写真は無表情で、子供らしさは一切ありません。現在、私だけでなく娘までも苦しい状態が続いています。
妻が行った連れ去り行為は、決して許されるべきものではなく、一刻も早く処罰されるべきだと思います。
父親:47歳(私)
母親:48歳
息子:9歳
※案件発生時(2018年3月)
◾︎経緯
・私は別居親の父親です。
・私にはDV、児童虐待はありません。母親である元妻にもDV、児童虐待はありません。
・元妻は、夫婦関係の意見の対立があったことを受け、その後の私との協議を全面拒否し、ある日私への事前通告無く、子連れで家出をしました。
・連絡先も私には一切連絡無く、まさに突然姿を消して所在不明となった形です。
・元妻は子連れ出別居を開始した後、私を息子に会わせないと主張しました。
・私が息子に会えない理由を彼女に何度も聞きましたが一度も理由を告げられたことはありませんでした。
・元妻は連れ去りと同時に弁護士を立て、調停を起こしました。弁護士から私宛に送られてきた書状には全ての協議は調停の場で行うという旨が書いてありました。
・そのまま2ヶ月経過し、協議の場は調停に移りましたが、調停で協議を行うと主張していた元妻はそこでも理由を告げずに親子面会交流を拒否し続けました。
・調停の場で私が調停委員・調査官から言われたのは、私が息子と面会するのは同居親である元妻の監護権を侵害することになるため、そのままでは認められないとの話です。
・その時点ではまだ婚姻中であり、私も親権者の一人ではありましたが、事前通告無く勝手に子連れで家出をした者にだけ監護権が認められ、ある時突然息子と会えなくされた者には何の権利も残らない状態となっていました。
・調停の場で私は息子に会いたいことだけを主張しましたが、元妻は拒否の姿勢、理由を尋ねても無回答を続けました。彼女から示された面会交流の条件は、次のものでした。
1)息子には別居開始の真の理由を話さない
2)面会交流には同居母親である自分も同席する
3)面会交流場所は自宅は不可、宿泊も不可
4)時間と場所は同居親が指定する
・私にはそれに従う理由は無かったのですが、この条件を呑まない面会交流は実施しないとの主張を元妻が理由なく繰り返していて、調停委員も調査官も裁判官も彼女を説得出来なかったので、これら条件を全面的に受け入れて面会交流を実施することにしました。
・調停の間中、私達夫婦がなぜ別居を開始したのか、なぜ私が息子に会えないのかの理由が確認されたことは一度もありませんでした。私が何度尋ねても、それは単なる私の愚痴程度にしか扱われず、調停協議の俎上に上ることは最後までありませんでした。
・元妻は調停の場でも沈黙を続け半年以上を経過させました。そのまま調停が膠着状態に陥ったため何も進展が期待できないと裁判所に判断されてしまい、我々夫婦は裁判所から調停強制終結を告げられるに至りました。
・事態改善が一切見込めないと感じた私は元妻の主張する条件を全面的に呑み調停を終結させる判断をしました(せざるを得なかった)。
・そうして元妻が当初主張していた調停での協議は全く行われず、進行の遅い調停で時間稼ぎだけされ、私は何の主張も弁明もする機会を持てず全く不本意な形で離婚が成立しています。
◾︎まとめ
上記ポイントだけまとめると次の通りとなります。この司法運用を変えてもらわないと片親が我が子を連れ去って反対片親に会わせないようにする、実質的な誘拐行為が無制限にできてしまいます。
・同居親の主張だけで全ての法的な手続きが進行すること
・同居親の身勝手な行動が起点でも特に進行に制限はないこと
・その法的手続き進行に際して、何の理由の確認も検証もされないこと
・そのまま離婚に帰結し、別居親は自動的に親権を失うこと
・その間中ずっと別居親は我が子へのアクセスができず、片親による独占的な監護状態が確立してしまうこと
◾︎希望
単独親権制をとっている現状においては、離婚時にいずれかの片親を親権者に指定せねばならなくなっています。監護者指定においては監護の継続性という観点から判断するのが効率が良いのかも知れません。判断時の監護状態が法的根拠を持たず正当化の出来ない実力行使の自力救済行為によって開始されたものだとしても、開始時点に遡って事象の検証を行わない運用が行われているため、今のように我が子を誘拐するという行為が日本国内で横行しています。一日も早くこのような実力のみで我が子を奪い合うような制度運用は止め、正当に夫婦の離婚、そしてその離婚後の子育てについて協議できる制度運用への転換を希望します。
妻は離婚の話合いがしたいと夫を自宅に呼びつけ話合い中に激高し「殺したい」と殺意を口にした。そばにあった手鏡を夫めがけて投げつけ、夫は恐ろしさのあまり110番通報した。さらにその日から夫への暴言・暴力を抑えられないという理由で20日間以上にわたり、交代でのホテル暮らしを夫に強いた。
別居後、子どもを当面交代監護しつつ落ち着いて夫婦間で話が出来る状況となった。それにも関わらず、わざわざ長女と夫が一緒にいるタイミングを狙って電話をかけ暴言で夫を挑発し、その時の夫の言動を記録し警察等の複数の公的機関を訪問、面前DVなどと主張した。これは後日、実施誘拐をすることをこの時点で計画しておりその布石である。つまり「DV夫から子どもを連れて避難する妻」というストーリーを自作自演するといういわばでっちあげDVである。
欺罔を用いて実子誘拐(連れ去り)を決行。この時長女は長期にわたり父親と引き離されるとは全く思っていなかった。つまら、妻は夫のみなならず長女も自らの欲望のために欺いたのである。その後、2度にわたり話合いを希望する夫を排除するため警察を悪用した。
弁護士から受任通知が届く
ただし日付のところが手書きになっており、あらかじめ書面を準備しており子どもを確保の確認ができたので日付を手書きしたと強く推認される
さらに子どもを確保し、絶対的に有利な立場を利用し夫を幼稚園から排斥しさらに話合いで決めることになっていた小学校も独断での入学手続きを強行した。また家庭裁判所に対しても調停申立てから現在に至るまで悪用を続けている。
結婚1年目、「周りで離婚する人が多かったからなかなか子作りに積極的になれなかった。離婚した場合、子どもが不幸になると思った」的な事を妻にポロっと話した所、「そんな気持ちで結婚したのか!離婚だ!慰謝料1000万円払え!」と発狂。
その件は、悪いと思ったので謝り妻も了承。後に子どもも生まれ家も建てた。
結婚7年目「1000万円払わないなら離婚。」と突然言い出し、断った所翌日子どもを連れて別居開始。
義実家へ行った所、妻及び義父母から脅迫強要され慰謝料1000万円の念書を書かされる。
なお、私に不貞、暴力、虐待、借金など一般的に離婚を請求できる有責事由はなく、妻の離婚理由も「トイレのドアを開けっ放しにしたら注意された。」「肩幅が広いと言われた」など意味不明。
・義父母は自らが持つ家以外の住所を妻に提供することで、支援措置が受けられるように幇助。
・義父は警察OB、義母は元保育士、義兄は離婚後子供に会えていないという家族構成にも関わらず、子どもを誘拐し協力して 会わせない日を続けている。
・妻及び義母については強要罪で告訴受理すると警察も言っているが、警察OBである義父は受理しないという隠蔽体質にも悩まされている。
・子どもの運動会に行った所、警察が待ち構えており「あなたがくると業務妨害になる」と謎の理由で追い返される。
・妻は連れ去られる心配があると主張しテレビ電話さえ拒否。
このような意味不明な状況でも、子どもに会わせなくてなんの問題もないと判断じてしまう警察、裁判所などこの国の制度はやはりおかしい。
私は、私の両親と妻と子(2歳)と私の実家に住んでいました。
子供が歩ける様になった位から、妻と両親との関係性が冷たくなって来ました。
今となっては両親は何処が悪いのか不明のまま過ごしていたと言います。
親に冷たくされていい気持ちになる子はいません。
私はなぜなのか問いましたが、悪いことはしていない。冷たくしていないと言いました。
その言葉を信じていましたが、2021年、10月に妻が「土日に実家に行ってくる」と言い、了承しました。
私は外出していましたが、日曜日に外出中、母より電話で「○子さんが帰って来たが実家に戻ると言って出ていった」との連絡がありました。
私はすぐに連絡し、妻と市内のショッピングセンター
で落ち合いました。
その際、妻にはどうしたのか?つらいのか?と話しましたが、何も言いません。
そして、両親との関係性が冷たく、私も何も言えなかったことに反省し、「実家を出て家を借りて3人で暮らそう。今は疲れているだろうし、実家に1週間ほど帰ってゆっくりしてください。俺も悪かった。」と言い、当面の生活費3万円ほど渡しました。
妻は何も言わず金銭を受け取り子を連れ実家に向かいました。
翌日、夜。一通のメールを受信しました。
「私は離婚したい」と。
そのメールを読んで連絡しましたが、妻は実家ではなく妹夫婦のアパートに泊まっていました。すぐにでも話したいと連絡しましたが、「子が寝ているからダメだ」と返信がありました。
その晩はそのまま市内のコンビニ駐車場で過ごし、朝9時からファミリーレストランで3人で会いました。
いくら話してもいくら謝っても彼女は離婚するの一点張りです。
離婚理由も「小さいことの積み重ね」しか言いません。これの繰り返しで15時までいましたが話はすすみません。
まずは義父に謝罪をしようとアパートに向かいました。
義父には会えましたが、「俺はさっき聞いた。よくわからないが今は帰ってくれ」と言われました。すぐに妻もアパートに戻って来ましたが、何も言いませんでした。
その後は日を改めて義母(義父と離婚後再婚)、妹夫婦に謝罪に行き「離婚したくない」との気持ちと、妻への謝罪を伝えました。その際は誰にも援助や仲立を頼んでいません。
しかし、彼女は以来、実家に住んでおり、2歳だった子も3歳になった直後、知らぬ間に幼稚園に入園させ、それから職を探し就職しております。
また、その間は彼女に生活費を渡しておりますが、かと言って連絡もして来ず、親子交流の連絡しか反応しません。
私と妻は喧嘩も暴力も暴言もなく過ごしていました。
しかしながら、現在、彼女は弁護士に依頼し、弁護士も受任通知意外、私からの連絡には反応をいたしません。
これより私の思う違法性を記載します。
・話し合いなく別居をし、その後も明確な理由がなく現在に至っている(民法752条)
・面会の際は子供が「お家に帰りたい」「お父さんといたい」と子供の言ったことを無視、あるいはできないと言う。(児童虐待の防止等に関する法律第2条第4項)
・幼稚園の入園や、実家からの転居に関して独断で決定した。
(民法818条、民法820条、民法821条)
・当方宅を出、直後に離婚を申し出、未成年を掠取した。(刑法224条)
・弁護士に依頼し、生活費を上乗せする様迫った(刑法225条)
協議もなく、提案にも耳を貸さず離婚するの一点張りな状況は、別居親の家庭や人格を崩壊させるものであり、また、子の福祉を無視した自己都合な行動であり、許されるべきではありません。
残念ながら連れ去りは昼逃げと称し、推奨する弁護士が多くおり「子を連れて逃げたら勝ち」「離婚をしないで婚姻費用を長くもらえ」と教唆する証拠も出て来ており、社会を守らない弁護士が、離婚ビジネスと言われる問題や、片親の連れ去りと言った社会問題が顕著に発生しています。
これらは家族のためではなく、金銭や親権を得ようとすることが問題であり、制度を悪用しているものであります。
私の姉の知人に、離婚を決めた後にワザと3人目の子供を作り、その後連れ去った後で裁判等で5年戦い、離婚判決を勝ち取り、「働かないでいいほどのお金を得た」と自慢している女性がいるそうです。
これが現在、罷り通っているのです。
令和4年7月中旬、仕事から帰ると通常なら在宅しているはずの2人の息子(4歳と2歳)と妻がいなかった。
テーブルに「しばらく考えたい、以降の連絡はここへ」と弁護士の電話番号が書かれたメモがあった。
すぐに書かれた番号へ電話したが、コール音→切電、コール音→切電をくり返されたのでやむなく110番した。
のんびりと現れた生活安全課の警察官は「あー奥さん出てっちゃったの。この番号にかけて、今後のこと相談したら。」と、その時点で安否が確認できていないにも関わらず、全く相手にしてくれなかった。
翌日拉致弁より連絡があり、委任されたので、直接妻へ連絡するな、との説明を受けた。
私もわずか3日後に、子の監護者指定審判、引き渡し、保全を申立ましたが、
第一回期日はなんと9月末。
この時点で家庭裁判所のやる気のなさが伺えます。
調査官調査もおざなりで、妻が主張している私のモラハラ(証拠ナシ、事実ナシ)についても調べない。
ただ、現状の監護状況に問題がないというだけで妻に対して監護者指定しました。
育児を手伝ってくれていた私の母も、
重度の適応障害となり、ほぼ廃人になりました。
私自身、子育てのために購入したローンの残った自宅も売却しないと恐らく養育費が払えません。人生がめちゃくちゃになりました。
裁判所、弁護士、共産主義者が日本の家庭破壊を進め、子どもたちの福祉環境が著しく低下しています。
子の違法連れ去りを厳罰化しないと、この状況は改善されません。
令和4年8月18日
妻が我が子ども、五歳女の子三歳男の子を連れ去り実家へ出て行きました。一旦帰るという約束がいきなり家族会議をされ離婚と言われる。急な出来事に混乱し、お互いに出て行けと言ったケンカを伝えたが、とにかく離婚を伝えられここまでに至る。まず連れ去りをする時点で犯罪だということと、今まで幸せに暮らしていたのに何だったのかと。
とにかく今は法改正をしないと単独親権では連れ去りが日常茶飯事に行われる先進国ではありえない。とにかく連れ去りを厳罰化しないと離婚率も増えていく状況。
令和3年5月4日、長男の空手の県大会でした。長男は県では一度も負けた事がない選手でした。私と一生懸命頑張って来ました。嫁はその事が気に入らなく度々、夫婦喧嘩をしていました。その日も口論から嫁ともみ合いとなりました。私は嫁の暴れる腕を掴かみ嫁は私にハンガーで何度も殴りつけてきました。それから5月9日まで普通に生活をしていました。その日も家族で昼食をした後、嫁と長女は図書館に行くと出かけ夜10時過ぎても帰らないので心配していました。そしたら突然7名に警察官が自宅に来ました。嫁は私が腕を掴んだ所、アザが出るのを待って警察に行って一方的DVされたと話をした事によって私は警察署で逮捕され、そのまま10日間の勾留されました。勿論、不起訴で釈放されました。その間に子供達は嫁の実家に行きました。後日、嫁の弟が私の自宅に押し付け子供達に会いたいなら謝罪が薄っぺらい!慰謝料2000万支払え!など訳の分からない言い掛かりを付けて来ました。勿論相手にはしませんでした。その後、嫁側から弁護士を付け多額の婚姻費用の調停の申し立て、こちらは面会交流調停を申し立てしましたが家庭裁判所は連れ去った側の言い分のみ聞き私の意見、気持ちは全く無視で面会交流は認められないと言われました。調停を一度取り下げましたら嫁は婚姻関係を利用し自宅に侵入、警察も親族相盗例だからと罪には問えない。やりたい放題状態です。現在、私名義の車を無断で名義変更した所を見つけ現在、有印私文書偽造罪、同行使罪、公正証書原本不実記載罪で刑事告発受理されています。嫁と嫁一族による警察機関を悪用した一方的DVに仕立て多額の婚姻費用の請求、虚偽だらけの弁護士を使った調停書面の連弾、親族相盗例を悪用した犯罪行為は絶対に許されない。
ことの発端が家事育児をしない妻の不貞が発覚した事。
出産後半年程度から育児を半ば放棄する様な形で娘を避ける傾向が見られる
私の勤務中に娘を殴る
ムカつくという理由で泣いてる娘を放置
娘の目の前で娘のご飯をゴミ箱に捨てる
などなど、実際の暴力の他にも精神的な虐待も行う。
早く娘が手の掛からない年齢になって欲しい。
子どものせいで自分の女として価値を下げたくない。
仕事してるから育児なんて無理
などとんでも発言を繰り返す日々
不貞発覚後、協議離婚を目指して
慰謝料、親権など話し合いを行うが
まともな話し合いはできず
娘を物として捉えているのか
自分の物だった娘が取られるのは嫌だと
急に親権を主張、養育費を請求し始める。
この状態で1ヶ月弱
年末に実家に帰るといいそのまま家具、家電、貯金数百万を盗み
娘を誘拐し他区のアパートへ引っ越す。
家を出ていくと同時に弁護士からの授任通知。計画的な側面が考察できた。
貯金を盗んで家を出ているのに
お金がないという理由
連帯債務の住宅ローンなど
借金などは全てこちらに押し付けた挙句、養育費、婚姻費用を請求される。
自らの不貞で家庭を壊して
娘から友達、片親、住み慣れた環境を始め
全てを自己都合で奪っておいて平気な顔をしてる極悪人が裁かれない現状を憂いています。
妻と子供が8か月前に私がDVをしたと行政に相談をして施設に連れて行かれました、私はDVはしていなく、出る前の日夜中に妻と子供が寝ていたのですが、子供が「生まれ来なければいいんだ、いない方がいいんだ」と5歳の子供が言うので飛び起き行ってみると妻はその対応もせず反対側を向いて携帯をいじっていて寝かせていない事に腹立てケンカになり叩いてしまいました。
それから3か月後に離婚調停の手紙が届き、今までで3回離婚調停をしています、初めは妻とやり直す事を考えていましたが、それまでの間に保護命令の発令(なんとか説明をして取り下げてもらいました)荷物の引き取りの際に色々と妻や子供の服などを買って渡しても何も音沙汰がなしの為、妻とのやり直しを諦め、子供と暮らすを前提に動いて行きたいと思うのですが、子供とは出て行ってから一度も会っていないですしどこにいるのかもわからない状態です。妻は精神疾患(ウチ病双極性2型障害)、浪費癖(昨年に60万、今年に総額100万の借金がありました)、ネグレクトや虐待(LINEでのやり取りや動画が一つ、近所の人からの証言)があります。
妻とその父母の3人に、抱えていた当時9ヶ月の息子をさらわれました。
現在、鬱状態。
非常につらい状況と思います。ご飯は食べていますか。眠れていますか。まずは心療内科へいってお薬をもらってください。また、弁護士に相談なさってください。警察にも連絡されましたか。早く解決することを願っています。
あああ様
ご返信、そしてお気遣い、誠にありがとうございます。
5月中旬に精神科にかかり、うつ病と診断され、休職。現在は実家で療養中です(食事や睡眠は何とかとれています)。
連れ去り自体は、昨年末に起こりました。
妻の祖父母が予定なくやってきて、私が抱えていた子供を、妻に力づくで奪われ、続けて祖母が抱えていき、祖父の運転する車で妻の実家に帰っていきました。妻から帰り際に、「年明けには戻る」と言われましたが、嘘でした。
年が明けて、しばらくはパニック状態でしたが、弁護士に相談したところ、家裁は母親の味方なので、何をやっても解決しないと言われ、刑事告訴を勧められました。告訴状は2月に受理されました。しかし警察は何度連絡しても捜査に消極的で、現在も妻側への捜査を行っていないようです(5月アタマに公安委員会へ苦情届けを出しました)。
2月に妻の弁護士から調停(離婚・婚姻費用)の申し立てが来ました。3月に一回目が行われ、次は6月の予定です。
面会交流は、妻の弁護士の事務所で、弁護士監視の元、4月に一度だけ会えました。
4ヶ月ぶりでした。
子供の顔がかなり成長し、凛々しい”男の子”になっていたことにまず戸惑いました(私の中ではまだ赤ちゃんだったので)。成長の過程を見れなかったことの苦痛は形容しがたいです。
まだ1歳ということもあって、もう私のことをすっかり忘れているようで、抱こうとすると人見知りされ嫌がられてしまいました。昨年までの、普通に子供と接していた時にみせてくれていた子供の笑顔や笑い声が思い出され、かえって辛くなってしまいました。
そして、5月の面会交流は中止(子供が風邪をひいている、祖父母が嫌がっていると、色々理由を言われました)。その後の面会も未定。
そのタイミングでどん底まで突き落とされ、休職を余儀なくされました。
子供に会えなくし、婚姻費用や財産分与などの請求は容赦なく来る。
連れ去られた側を守る法律などが何もないことに愕然としました。
以上、長文失礼いたしました。
相模原様
コメントが遅くなり申し訳ございません。
現在はご状況はお変わりないですか?
こちらでは刑事告訴を支援することも可能です。
辛い状況かと存じますが、連れ去り被害者が手を繋ぎこの問題に向き合い少しでも前向きに生きられるよう情報交換をしましょう。
TAKI様
ご返信ありがとうございます。
刑事告訴はすでに私がしており、捜査が進んでいるようです。
恐縮ですが、こちらの団体様は、他に何かご支援などして頂けるのでしょうか?
相模原さま
受理されてあとはなんとか起訴になるよう我々は知恵と力をあわせていますが、残念ながら現在はまだ起訴は出ていません。
ご返信ありがとうございます。
ちなみに、人権擁護委員会にはかけあいましたか?
娘を夫に連れ去られました。皆さんとお話したいです。
新井様
大変お辛い状況かと思います。
体調は大丈夫ですか?
弁護士さんなどに、ご相談されたりしたでしょうか?
出張から帰ったら、家具や妻子の姿がなく弁護士からの手紙だけ置いてありました。
現在は監護者指定保全処分と離婚の調停中です。裁判所調査官の連れ去りを敢行したことへの肯定、事実を捻じ曲げ母親有利に仕向ける対応に愕然としています。
皆様と情報交換したいと思っています。
よろしくお願いいたします。
やま様へ
本当に大変でしょうが、そうなってしまうと、もう難しいと思います。連れ去った母親がどんなに酷い人間であろうと、被害者の父親がどんなに良い人間であろうと、そんなことは関係なしに、親子断絶が事務的に淡々と進みます(とりあえず、刑事告訴だけはしておいて下さい)。
私は、子供の写真も貰えず、面会もできず、子供に一生会えないと感じ、自殺を考えています。
そもそも連れ去りを行うような親が、面会交流に応じる訳がないのです。
新井様
コメントが遅くなり申し訳ございません。
現在ご状況を教えていただきたく存じます。
こちらの連合会では、無料で刑事告訴支援可能です。
相模原様、TAKI様
返信遅れ申し訳ありません。ご連絡ありがとうございます。なかなか進展はありません。私はとても元気です。状況共有可能ですが、間違えて名前を書いてしまいました。前の投稿を取り消すことは可能ですか。
相模原様、TAKI様
刑事告訴をすると状況が変わる一歩になるのでしょうか?子どものために何とかしたいと考えています。
具体的に教えていただけると助かります。
やま様へ
不当な連れ去りの場合は犯罪にあたるので、身内であろうと告訴するのが人として自然なことだと私は思います。子供(子供の権利条約9条)と貴方(監護権)の人権が侵害されています。
ましてや、連れ去り被害者が増加の一途を辿る現在において、刑事告訴は、連れ去り被害者全員のためでもあると思います。告訴件数が増えれば、さすがに検察も無視できなくなってくると考えます。
警察や検察が母親を諭したり、母親に良心があるならば、その呵責に耐えられず反省して謝ってくるケースもあるらしいです。
また、告訴を取り下げてくれと向こうからお願いしてくる場合、取引条件(面会交流など)をこちらから提示することも可能です。
起訴となればもちろんですが(子供は貴方のもとに返ってきます)、起訴猶予でも違法性があると認識されるため、調停や裁判時に貴方に有利な材料として働くと考えられております。
刑事告訴によって、夫婦が高葛藤になることを恐れる必要は特に無いかと思います。なぜなら不当な連れ去りをしている時点で、既に婚姻関係は破綻しており、火は燃え盛っているからです。
なお、刑事告訴の期限は連れ去り発覚から六ヶ月以内、告訴は一度しかできません。
母親はきっと貴方が子供を捨てたとでも言うでしょう。そうしたら子供はきっと傷付きます(片親疎外症候群)。
さらに、連れ去りをしたという事実は、いくら母親が隠そうとしても、貴方が教えなくても、子供がいつか気づいてしまうらしいです。そのとき子供は母親さえも避けて不安定になってしまうかもしれまさん。
参考になれば幸いです。
追加、失礼いたします。
考えが変わりはじめたので書き留めておきたく。
自殺を考えていましたがやめました。
子供のためにならないと思ったからです。
思えば、抜け殻になっている私は独りよがりでした。
全ては子供のためと考えること。
そのために何ができるか。
私たちには既に出来ていることがある。
それは連れ去りを自らしなかったことです。
それだけで自分を誇って良い。
だからくよくよと落ち込まず、子供のために何が出来るかを考えること。
まず、会えるようにすること。
そして、子供に「お前を見捨てたわけではない」と伝えること。
「お前が産まれるまえからずっと愛している」と伝えること。
私は残りの人生をかけてこの問題に取り組みます。
sp49-97-13-103.msc.spmode.ne.jp
連れ去られた子供は、「もう一方の親は死んだ」「もう自分を愛していない」と聞かされることが多く、名前や外見を変えられることもある[9]。そのため、連れ去りは子供の精神に悪影響を及ぼす可能性がある(片親疎外・洗脳虐待/AC)[9]。連れ去られたことによる精神的ダメージは目には見えにくいが、子供の心に生涯消えない傷を残すことがあるため、片親疎外(PA)は児童虐待とされる[10]。
連れ去った後で23%の親が、子供への身体的虐待をしていたという調査がある[11]。
別居親に関われないことにより起こる愛着障害が、離婚家庭の子が将来離婚しやすくなる負の連鎖の大きな要因である。
(Wikipedia/親による子供の拉致/子供に与える影響)
2024.1.7に1歳3ヶ月と6歳の娘達を夫家族に連れ去られました。モラハラに耐えかねて、子ども達を連れて兵庫県の実家に帰ったら、離婚を言い渡され、埼玉の自宅でこれまで通り子どもを通っていた幼稚園に通わせる、面会交流はさせる、と嘘をつき連れていきました。
その後、夫は夫の父親に連絡をとらせ、雲隠れ。勝手に私以外の住民票を移し、子どもを転園させ、自宅も私の荷物だけ残したまま売却の内覧をさせ、売却。一度も自宅に入ることを許さず、買主が決まってから引っ越し業者を頼んで荷物を移動させろ、と指示出し。荷物の大半は廃棄することになり。
実家に帰ってから2ヶ月間、私のカードや通帳は催促しても相手方が盗んだまま返さず。
約束の面会交流は行われず、養育費はいらないと言って連れ去ったにもかかわらず、こちらが面会交流と監護者指定の調停をおこしたら、弁護士をたてて、離婚調停と婚姻費用の請求をおこしてきました。
9ヶ月後、夫の自宅近くの児童館まで片道3時間かけて面会交流にいき、2時間、夫とその父の監視下にて面会交流。
翌月はテレビ電話1時間。
次は一ヶ月あいて、12月にまた向こうの自宅近くの児童館に行かねばならず。
次回の調停は2月で、家庭調査を行うから、それまでは向こうの言いなりになって向こうの提示してきた条件で面会交流するように、と調停委員。
こちらは月2回の宿泊付き面会交流を要求するも、相手方は拒否。
刑事告訴出来たのをこの記事をみて知りました。時間が経ってしまったので刑事告訴は難しいでしょうか?
毎朝、うなされて目が覚め、動悸がしています。
長女は離れる時に、ママが一番好きなの、だから行かない、と私にしがみつき、次女も泣き叫んでいました。
私が買ったランドセル姿をみることもなく、入学式にもいけず。
(ランドセル六万円は高い、と言われ、長女が希望していた色の型落ちを探し回りました)
何度も自殺を考えました。
今年の夏に仕事から帰宅すると妻とこども3人の姿がありませんでした。
たまに連絡しますが、一切連絡はありませんでした。
自宅内の妻とこどもの荷物の大半はありませんでした。置き手紙があり、家を出ますとかかれていました。
その後警察に連絡するも捜索できないと言われました。
しばらく、精神的ショックから心療内科へ通いました。
いなくなって2週間ほどで保護命令の申し立てがありました。内容は身に覚えのないものばかりでした。義母に相談し、一部内容が嘘であることが証明することができました。また、妻の証言に一貫性のないことなどの理由から保護命令の申立は却下されました。
その後は奥さんの弁護士より離婚希望されていると通知がきており、親権と養育費、財産分与について希望されていると書かれていました。今なら慰謝料は希望しないなど、譲歩しているかのように書かれていましたが、慰謝料を払わなくてはいけないようなことはしていません。
こどもと会えないのが苦しい。
何のために、生きているのか、分からなくなりました。なんで現在も親権があるのに、会えないのか理解できません。
こどもとは父親だけでお泊まりすることもあるくらい仲が良い関係です。
なんで、このような片方の親だけ阻害されているのか、それを阻止できない法律になっているのが不思議でならない。
dvなどの事実がない場合の支援や救済などない。こどものためではなく、連れ去った親のための制度ばかり。
本当の被害者は誰なんだろう。
こどもや連れ去られた親だと思う。
こんなことがまかり通る今の日本にがっかりです。
共同親権が始まり、少しでも被害者が減ってほしい。
★さん
ご連絡が遅くなりすみません。
ご状況を伺う限り辛い経験をされてますね。これは連れ去りにあたりますので刑事告訴すれば受理される可能性は高いです。
後方支援させていただくことは可能ですがいかがでしょうか。
Sさん初めまして。
大変辛い状況かと存じます。
同じ当事者として手を取り合い一緒にこの連れ去り問題に向き合っていきましょう。